20話 談笑
早朝、鳥のさえずりが聞こえはじめた頃ユディさんは目を覚ました。
丁度俺は錬金術の素材の下処理中でその場に居なかったのだが、エイマーの雄叫びの様な泣き声で目を覚ましたのだと知った。
様子をみに行くとエイマーがベッドに寝ているユディさんに縋り付いて泣いており、ユディさんは困ったように笑っていた。
ひとまず昨日の薬はちゃんと効果があったようで、目に見えて血色は良くなっていた。
声を掛けようか迷っていたら、ユディさんがこちらを見ていることに気付いた。
「おはようございます。体調の方はどんな感じですか?」
「まだ全身が怠いし痛いけど、昨日までと比べたら快調よ。あなたが助けてくれたのよね?ありがとうございます。あなたのおかげで今日も私は生きていられるわ」
ユディさんは淡く微笑んで礼を言った。
俺はその微笑みにちょっとどきりとした。
ユディさんはただでさえ美人なのに今は病み上がりの儚さも合わさって妖艶さが滲み出ていた。
俺の核が本物の心臓みたいに脈を打つものだから、落ち着かせるのに難儀した。
「俺は材料集めて薬作っただけですから。あなたのために駆け回ったエイマーを労ってやってください。随分と心配していましたよ」
「そう、彼にも迷惑を掛けちゃったわね」
そう言って慈しむようにエイマーの頭を撫でる姿をみていると、ただの冒険者とその相方という間柄だけでは無いのだろうと思った。
ぱっと見た印象ではユディさんはどこぞの令嬢と言われても納得出来るし、冒険者を生業にしていると言われても首を傾げるくらいに荒事は苦手な感じがした。
俺基準の印象なので、この世界での冒険者は見た目とは違う実力がある事が普通なのかもしれない。
どうやらエイマーは疲れと安心から深く寝入ってしまったようで、寝息が部屋の入り口まで聞こえてきた。
「エイマーを移動させましょうか?」
「このままで大丈夫よ。起こしたら可哀想だもの。その代わり毛布を持ってきてもらえる?」
「わかりました」
俺は毛布を取りにいく前に台所から水と果物、錬成しておいた体力回復薬を取りに行き、それから毛布を小脇に抱えてユディさんの元に戻った。
「喉乾いてませんか?水持ってきました。それと体力回復薬を飲んで下さい、寝込んでいる間に弱ってしまった身体を回復しないと。あと食べられたらでいいので一応食べやすい果物も持ってきました」
「ありがとう。丁度喉がからからだったのよ」
ユディさんは水の入ったコップを傾けて、ゆっくりと飲み始めた。
寝込んでいる間は熱で汗もたくさんかいていたし、胃に入れたものは全て戻す状態だったのだから水分も栄養も足りていないはずだ。
今渡した水はただの水では無く、俺が錬成した栄養飲料だ。
すぐに食事は食べられないだろうし、この世界には点滴など無いので、応急処置ではあるが作っておいた。
スポーツドリンクに近い物だが味も色も普通の水と変わりないので気付かないだろう。
ユディさんはコップの水を飲み干し、体力回復薬の瓶を手にとって水と同様にゆっくりと飲み始めた。
それを確認して俺は合間にエイマーの背に毛布を掛けてやった。
エイマーは幸せそうに表情を緩めて寝息を立てている。
落ち着いた態度を取り続けていたが、ユディさんが目を覚ますまでろくに眠れていなかったのは知っていた。
今ようやく張り詰めていた気を緩める事ができたのだろう。
「この薬もあなたが作ってくれたのね。店で買った物より味はスッキリしてて効果も高いわ…あなた凄い薬師なのね」
「薬作りは得意ですが、俺は錬金術師ですよ」
「まぁ錬金術師なの?珍しいわね。確か金を作ったり霊薬を作ったりする人のことよね?私会ったのはあなたが始めてよ」
「錬金術の事をしっているんですか?あまり知られていない技術だと思っていたんですが」
「ちょっと本で読んだことがあるだけよ。どういう物かはなんとなく知っていても、どうやるかは知らないわ」
「なるほど」
本でねぇ。錬金術の事を記した本など、一介の冒険者が知っているものだろうか?
錬金術について記した本は数が少なく、テロル婆が片っ端から集めても書斎一つ分しかなかったのだ。
他は手書きで伝えられている個人の研究書か、国や貴族等が保管して外に出さないようにしている本ぐらいか。
都市の図書館になら、幾らかは所蔵してあるだろうが…錬金術を知ろうとしなければ、本を読む機会は無いと俺は思うのだ。
やっぱりユディさんはただの冒険者ではないのだろうか。
「病み上がりで起きていて疲れていませんか?」
「大丈夫よ、ずっと寝ていたから今は目が冴えてしまっているのよ」
「なら少しお話をしませんか?」
「ええ、私もあなたと話してみたいわ」
ユディさんは笑って手招きをしてくれた。
ベッドに座るのはあれなので、部屋の隅にあった木箱を椅子代わりにして座った。
体力回復薬が効いて来たのか、大分血色が良くなり、ユディさん本来の健康的な肌に戻ってきていた。
こうしてみるとやっぱり美人だよな。
すみれ色のストレートの髪に、真ん丸の蒼い目と赤い色が戻った小さな唇、小さすぎず大きすぎない程よい大きさの胸…
そこまで見て不躾にじろじろ見過ぎたと思いとっさに部屋の隅に視線を外した。
気分を害したかと窺い見ると、特に気にした様子も無く変わらずにこにこ笑っていた。
「そういえば私まだあなたの名前を知らないわ。私はもう知っていると思うけど一応自己紹介するわね。私はユディ。エイルマットと一緒に冒険者をしてるわ。改めて今回はありがとうね」
「ご丁寧にどうも。俺はハルユキです、錬金術師で最近旅を初めてまだ知らない事ばかりで無知な男です」
「そうなの?こんなすごい薬を作れるのだから、色々知っているんじゃないの?あと敬語じゃなくていいわ、楽に話しましょうよ」
「じゃあ普通に話すよ。錬金術に関する知識しかないんだ。ずっと家で錬金術の勉強をしていて、普通の人が普通に知ってる事を知らないんだよ」
たとえば旅の仕方、魔物の事、冒険者の仕組み、町や村の様子など普通に暮らしていれば生活の中で知る事を俺は知らない。
「だからもっと色んな事を知りたくて、今は旅をしてるんだ。ユディさんたちはどうして旅をしてるんだ?言っちゃなんだけど、ユディさんとエイマーは普通の冒険者じゃないよな?」
俺が聞きたかった事を聞くと、ユディさんはちょっと困った顔になった。
直接的に聞きすぎたかなとも思ったが、俺は気になったことを放置しておけないので、遅かれ早かれ聞いていただろう。
ユディさんはちらりと寝ているエイマーを見て少し考え、俺に向き直った。
「エイマーはどこまで私たちの事を話したのかしら?」
「あまり話してくれなかったよ。ユディさんが植物に詳しくて料理上手だけど少し抜けてて塩と砂糖を時々間違うとか、こわがりな癖に危険な事に首をつっこんでいくとか、動物好きなのに動物に好かれないことを気にしているとか、そんな感じの事は話してくれたけど」
「エイマー…後で覚えておきなさいよ…!」
俺がエイマーから聞いたユディさんの話をかいつまんで説明すると、ユディさんは恥ずかしそうに頬を染め、エイマーの事を恨みがましそうに睨んだ。
そんな顔で睨まれても怖くないからエイマーは気軽に喋るんだろうなぁ。
微笑ましい光景に心が和む。
「私のその話は忘れてね。だいたいエイマーだって子供好きなのに子供に好かれないのを気にしてるくせにね。まったく私の事ばかり笑うんだから失礼しちゃうわ」
「ユディさんとエイマーは仲が良いよな。付き合いは長いのか?」
「子供の頃から一緒に居たわ。頼れるお兄さんって感じだったかな…そうねあまり詳しくは言えないのだけど簡単に言うと、私は実家から逃げていてエイマーはその護衛をしてくれている感じかな?」
にこっと笑いながら言ってくれたが、簡単に説明して良い内容じゃなかった気がする。
逃げてって、あぁそれで匿うという表現を使っていたのかと納得できたけど、それでもそんな軽く言っていいものか?
俺の感覚がずれているのかな。
「ね、詳しく聞きたくないでしょ?」
「聞きたいような聞きたくないような…!気になるけどあんまり突っ込んで聞かない方がいい?」
「私たちの問題に巻き込んで良いならいくらでも話すわよ?ハルユキの錬金術は味方につければとても逃げるのにとても有利な気がするもの」
「ははは、こわいなぁ…」
ユディさんの微笑みが怖いと感じる。何かを試されているような気もする。
問題ってそんなに深刻な物なんだろうか?気になるけど聞いたら引き返せないよなこれって。
ユディさんの微笑みは深く立ち入るなという警告なのか、それとも聞いてくれるのを待っているのだろうか。
俺が引きつった笑いをすると、ユディさんは微笑みを崩して、ぷっと噴き出して声をあげて笑い出した。
「あはは、ごめんごめん。別にそんな深刻な問題じゃないのよ。ハルユキの反応が面白いからついついからかっちゃった」
「なんだ…からかわれただけか…」
「ハルユキって純粋なのね。なんでもかんでも信じちゃうといつか大変な目に合うわよ?ちょっとは疑わないと」
「いやユディさんの話し方で疑えって方が無理だって。本気の目だったし」
「あら演技は得意よ?女だもの」
「今ちょっと女性が怖くなった…」
ごめんねと笑うユディさんが楽しそうだから、まぁからかわれても良いかと思えた。
男は女性に弱いものなのだ。
結局詳しい話はエイマーが起きてからという事で、その場は解散となった。
ユディさんは本調子ではないので再びベッドに身体を横にした。
その枕元の机に喉が渇いた時用に新しい水差しとコップ、それと念のために三本の体力回復薬も置いておいた。
俺はその間に攻撃用の爆弾作りを行う事にした。
さて、どんな効果の物を作ろうかな…火属性だけじゃつまらないから、色々試してみよう。