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ホムンクルスの錬金術師  作者: まつなが・K
第二章 爆轟のホムンクルス
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19話 斑目雲

 まずユディさんの額に手を触れて熱を確かめた。

 やはり随分と高い、三十九度はある様に感じる。

 この状態が一週間ほど続いているのだとしたら、今はかなり微妙なバランスで命をつないでいるのだろう。

 この状態でも生き続けることができたのは本人の生命力か治癒者のおかげか。

 おそらく両方の力のおかげだ。

 治癒術師の女性は悔しそうに唇を噛み、手をぎゅっと握りしめていた。


「すみません、ユディさんは今飲み物を飲むことって出来ますか?」


質問に女性は厳しい表情で緩く首を振った。


「いいえ、食事も水も全て戻してしまいます。今日に至っては口にも含むことが出来ず…」


女性は泣き出しそうな声で続きを言えずに顔を伏せてしまった。俺は女性と慰めるエイマーを横目で見て改めてユディさんに向き直った。


「(飲むのが無理となると、厳しいな…)」


 飲めるのならばエリクシールである程度回復出来ると踏んでいたのだが、これでは他の回復薬も使えない。

 俺の手持ちの薬は全て飲み薬のため、治療のためには飲み薬以外をこの場で新しく調合する必要がある。

 素材がこの村にあるかどうかだが…無いだろうな、特殊な物だから。

 その前にエイマーに確認しないと。


「エイマーは相方ならこの症状になるまで一緒に行動していたって事だよな?」


「ああ、この一年はずっと一緒にいる」


「じゃあこんな斑点を持った生き物を見たことは無いか?」


俺はユディさんの腕を手に取って、エイマーに見せた。エイマーは青紫色の輪の痣を見て顔を顰め、質問に首を振った。


「いいや覚えはないな、そんな禍々しいものを見たら忘れるはずが無い」


「じゃあ最近おかしなものは食べてない?」


「俺とユディは同じ物を食べていたのだから、食い物が原因なら俺にも症状が出るはずだろう?」


「それがそうでも無いんだよなぁ、ユディさんの症状が出始めた時って昼だったりする?」


 今度は首を縦に振って、エイマーは少し期待を込めた目で俺に詰め寄った。


「あぁ…何か分かったのか?」


「だいたいな。症状が出た直前の食事で、野草か何かその場で採取した物を食べなかったか?多分それが原因。治す薬に必要な素材もそこにあるはずなんだ。だからその場所に採りに行く」


「今からか?もう夜だぞ」


「夜だからこそだ。あれは暗くないと判断がつかないんだ」


 エイマーはよく分かっていない様だったが、ユディさんを助けるためならなんでもすると同行を申し出てくれた。

 俺はまだ戦う術など用意していないので、この申し出はすぐに受けた。

 急いで剣を背負い家を出るエイマーに続いて俺も自分の鞄を肩に担いだ。

 後ろから治癒術師の女性がお気を付けてと見送ってくれ、手を上げて応えてから先を行くエイマーを追った。

 村を出る際、見張りの男に先ほど来たばかりなのにすぐ出ていく事を訝しがられたが、後で事情を話すとして今は気にせず先を進んだ。


「場所は遠いか?」


「一時間ほど走ったら着く」


「わかった」


 エイマーが走り出し俺も遅れない様についていく。

 はじめは駆け足程度の速度だったが焦りから徐々に速度は上がっていった。

 俺はこの速度を維持しても魔力がある限り疲れないが、エイマーは大丈夫なのだろうか?

 剣はもちろん身に付けた鎧だって重いだろうに。

 時間が経つに連れてエイマーの息は上がっていったが、走る速度は落ちなかった。

 俺はもう少しゆっくり行こうと提案しようと思ったが止めておいた。

 必死な顔で前だけを見てただただ走るエイマーに、ゆっくり行こうなどと言えなかった。


 休まず走り続けたお陰で、一時間も経たずに目的の場所に着くことが出来た。

 そこは新緑に色づく木が多く生えた小さな森で、森の中には木が生えていない広場のような場所があった。

 エイマーとユディさんはここで昼食を食べ、村へ向かう最後の休息を取っていたそうだ。

 エイマーとユディさんが村に来た経緯なども気にはなったが、今は重要な事ではないので後で聞いてみる事にした。


「どのあたりで採取したかわかる?」


「確か、あの木の向こう辺りでユディが何かしていたのは覚えている。だが任せていたから何を採ったかは知らんのだ」


「それだけわかれば十分だ。後は見ればすぐわかる」


 俺はエイマーが指し示した場所へ草をかき分けて向かった。

 草むらの向こうでは様々な花と薬草、そしてキノコが群生していた。

 その中に橙色の斑点が浮かび上がったキノコが幾つか見る事が出来た。


「あれだな。あのキノコに見覚えは?」


後ろに付いてきていたエイマーを見ると、驚いた表情をしていた。


「あれは…確かにキノコは食ったぞ。だがあのキノコは普通に街でも売っている種類だし、俺が食べた時はあんな斑点は無かった!」


「そこが落とし穴だったんだよ。あれはキノコで間違いないが、そこにとある生物が寄生しているんだ」


 キノコに寄生してる生物とは、名を斑目雲、形の無い雲のように地表近くを漂い、植物類に寄生する。

 オスとメスの番いで行動し、オスが青紫、メスが橙の色の斑点を体に持ち、寄生先の植物類にも同じ模様が出る。

 夜行性で昼に見かける事が無いため、発見が難しい。

 寄生した植物類を食べた動物にも寄生する事があり、オスを食べた場合は強い発熱、メスを食べた場合は強い寒気をひきおこす。

 そうなった場合の治療法は反対のものを食べさせると治まるとされている。(珍生物生体記録より抜粋)


 つまり昼間に寄生した植物を見分けることは難しく、植物に詳しいユディさんでも寄生した生物までは気付かずに食べてしまったという事だ。

 エイマーが無事なのは運よくオスメス両方を口にしたからだと思う。

 俺がそう説明すると、エイマーは苦虫を噛み殺したような渋い顔で俺が助かったのは運が良かっただけなのだな、と呟いた。

 自分だけが無事だった事を悔やんでいるようだが、おっさんが無事だったから俺と出会ってユディさんを助ける事が出来るのだから、何も責める事は無いと思う。

 俺は橙色の斑点が出ているキノコを集め採取用に防腐処理を施した箱に収納した。

 ついでに他の錬成に使えそうな薬草も集めて置いた。


「よし、これで帰って薬を錬成するだけだ」


「どんな薬を作るつもりだ。ユディはもう飲み込む力も無いんだぞ?」


「そこはちゃんと考えてある。今回はこの手で行けるはず」


 俺とエイマーは来た時と同様、走って帰った。

 来るときよりも速度は上がっていたが、足取りはわずかに軽くなっていた。


 村に返ると、早速錬成に取り掛かった。

 ユディさんがいる家の台所を借り、調合台を設置する。台の下に魔晶石を設置して魔力を送り込む。

 普通に木や炭で火を起こしてもいいのだが、魔晶石で熱を出した方が錬成物の質が断然高くなるので魔晶石に余裕があるうちはちゃんと使うことにした。

 そうでなくても今から作るのは人の命を助けるための薬なのだから、手を抜いて良いはずがない。


 後ろでエイマーと治癒術師の女性、それにユディさんを心配した村人数人が俺の作業を見守っている。

 あまり錬成作業を見せたくないのだが、俺が変な事をしないように見張りも兼ねているだろうから、今回は安心してもらうためにも隠す事はしないでおく。

 今回の錬成物用に換えた錬成陣を鍋の底に描き、熱している間に、採取してきたキノコを取り出して細かく切り刻む。

 一緒に採取してきた強壮根と家から持ってきたヘルメス樹の葉をみじん切りにして、すべてを鍋に入れ水分が飛ぶまで根気よく炒る。

 焦げ付かないように気を付けて、時折砂状に砕いた火と風の魔晶石を加えて行く。

 指でつまむと形が崩れる位に乾燥したら完成だ。


「よし出来た」


「これはどういった薬ですかな?」


 ユディさんを診察したという医師が訊ねてきた。

 自分が治せなかった病に対する自分の知識にない薬に興味があるのだろう。

 他の人も特にエイマーが気にしている様子だったので、説明をしながら、薬を使う事にした。


「この症状は斑目雲という寄生生物が原因でした。斑目雲の本体は名の通り雲のような気体で、今回はその性質を利用した薬を作りました。まずこの薬は飲むでも塗るでもなく、香りを嗅いで効果を得る薬です」


 アロマのような物なのだが、この世界には存在しないのか庶民には出回っていないのか、聞いていた人達はそろってぽかんとしていた。


「この薬には火の魔晶石が入っているので、まずは魔力を送って薬を熱します。同時に風の魔晶石にも魔力を送り煙を上げます」


 説明の通りに作業を進めると、白い煙が上がりその煙に橙色の斑点が混ざっていた。上手く行ったようだ。

 その様子を見ていた医師が興奮気味に説明の続きを促してきた。


「今材料に使ったキノコに寄生していたメスの斑目雲がキノコが燃えて無くなったことで空気中に出てきました。これをあおいでユディさんの所に行くように誘導します」


 扇が無かったため、上着を振って風を起こした。

 流れに乗って斑目雲がユディさんの近くまで行き、ユディさんの呼吸に合わせて体内に入っていく様子が確認できた。


「今メスの斑目雲がユディさんの体内に入ったので、直にオスの斑目雲を相殺してくれるでしょう。一先ずこれでユディさんは大丈夫だと思います。体力や免疫力が落ちているはずなので、薬を作る時に一緒に滋養強壮の効果のある物も入れておきました。明日にでもなれば熱は下がると思うので、その時に改めて体力回復薬(スタミナポーション)等を飲んでもらいましょう」


 俺の説明を聞いて、医師は感心し、治癒術師の女性はほっと肩を撫で下ろし、エイマーは安堵で涙を流していた。

 今日の所は絶対安静ということで、皆それぞれの家や泊まっている宿に帰っていった。

 俺とエイマーはそのままユディさんに付き添い、交互に睡眠をとって、朝を迎えた。


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