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ホムンクルスの錬金術師  作者: まつなが・K
第一章 黎明のホムンクルス
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13話 トラブルメーカー

 身体が大きくなったことで、今までの道具は使い辛くなり、しばらくはテロル婆の道具を借りることにした。

 長年使い続けたのであろう、道具には幾多もの傷が刻まれ、多少変形しているものもあった。

 俺はそれらを握り軽く黙祷した。


「(使わせてもらうね)」


 道具が大きくなって一度に作れる数が増えた。

 今までが一人分としたらこれは十人分は作れるだろう。

 その分素材は多く必要で、再計算をしておよそ十倍の分量を手帳に書き記して行った。


 今、薬の錬成と並行して錬金手帳を書いている。

 これまで錬成したものの手順と分量を記したレシピ帳だ。

 これまでわからないことがあっても書斎に行けば資料がありテロル婆という師匠が助けてくれたが、これから旅に出ると一切を自分でやらねばならない。

 旅先に錬成関連の資料があるはずも無いので、出る前に出来るだけのレシピを持っていこうと考えた。

 今は錬成した経験のあるものを纏めているが、夜あたりからは未経験のレシピも書斎にこもってまとめる予定だ。


 やることがいっぱいあって寝る時間が無い。

 魔力の消費に合わせて魔晶石の消費も激しくなっていた。旅先で魔晶石があるかどうかも不安だ。これ無くして俺は生きていけないからな…

 魔晶石は比較的手に入りやすい魔石だが決して安い物では無いだろう。

 金銭的にいくらかかるのか?一文無しの俺には想像が及ばなかった。

 自分で採取する必要も考えてこの国の採取地をあらかじめ覚えておいた方がいいかもな。


 しばらく錬成の様子をみつつレシピを書いていると、隣の部屋から物が割れる音が聞こえた。


「…またか」


 ため息をつきながら隣の様子をみに行くと、シャンが素材を保管していた瓶を落として割ってしまった場面に出くわした。


「なにやってんだよ…」


「いやすまない。おもしろそうな物があったのでこれは何かなと、手に取ろうとして落としてしまった」


「今日で何回目の言い訳だと思ってるんだ?」


「ふむ、たしか五回目だったかな?」


「いい加減怒るぞ…?」


 シャンは悪びれも無く、怒らないでおくれと言って笑った。

 シャンが物を壊すのは五回目で壊しかけたのはそれ以上、もう数えるのも諦めた。

 なんでもかんでも興味を持つのはいいのだがもっと慎重に行動をして欲しい。

 この家には危険な物も多いのだから。

 …と何度注意しても、その場では分かったと言って次の瞬間には同じことを繰り返すので、そろそろ諦めた方が楽なんじゃないかと思いはじめていた。


 シャンは下手に知識だけがあるせいでいろいろな事をやりたがる。

 朝は食事を作ると言って包丁を落とし、大人しく本を読んでいると思ったら爆薬を持ち出して火をつけようとしていたし、今は保存が難しい貴重な植物が入った容器を割った。中の植物はもう使い物にならない。


 これ一年に一個しか取れないのになぁ…


「ハル、本当にすまない、初めて見る物がたくさんで楽しくてな。身体にも慣れようと動いていたんだが思いの外力加減が難しい」


 シャンが手のひらを握ったり開いたりと感覚を確かめるように動かした。


「そういや、俺が小さかった頃と比べたらシャンの身体は全体的に細いな。ずっと動いていなかったからか?」


 シャンの身体はずっとフラスコの中で保存されていた物だから、運動などはしていない。

 魔力が巡ることが無かったのなら、劣化していたとしても不思議ではないが…


「ん?そんな難しいことでは無いよ?ハルと比べて細いのは当然さ。わたしは女だからね」


「んん?なんだって??」


「いやだから、私は女だと言ったんだ」


「えっ女!?って冗談はよせよ、笑えないぞ」


「なんだ信じてくれないのかい?ほらっ」


 シャンは着ていたローブの首元まで捲り上げて、身体を見せて来た。

 細いとは思ったが服が無いとなおさら細く見えた。

 胸板は筋肉は無いが膨らみも無い平らで、腰はわずかにくびれているようにも見える。

 視線を腹から下にやると、確かに息子は持ち合わせていないようだった。


「そんなに舐め回すように見るなよぅ、恥ずかしくなるだろう。ハルのえっち」


「いや出るところが出ていない人形みたいな身体のどこに反応しろと言うんだ」


「なんだ、ハルは不能か」


 その言い様にカチンと来てシャンの額を指で弾いた。

 シャンは吹っ飛んで机の端まで転がって行った。


 言っておくが不能かだとか不能じゃないとかそう言う次元の話ではないのだ。

 一応形としてはちゃんとくっついているが、ホムンクルス故に子孫を残す必要が無く生殖行動そのものが無意味なのであり、つまり動かさなくて良いだけであってだな!

 不能だとか関係ないから!別に不能って言葉に過剰反応してるってわけじゃねぇからな!

 …言ってて虚しくなってきた。


「なんてことするんだ痛いじゃないか」


「全体的にシャンに非がある。そもそも会った時に男だ女だと言わなかったじゃないか」


「言う必要があったかい?それに精霊に性別は無いに等しいから性別を問うこと自体が無意味だね」


「でもシャンは女なんだろう?」


「私の場合は入った身体に寄るから、今は女だね。前はどっちでもなかったよ?」


 シャンは服を元に戻して、俺の頭の上までよじ上ってきた。ホムンクルスになった今でも頭の上が定位置のままだった。

 頭の上だと思考が読み取られるわけだが、言葉として考えなければ伝わらないらしいので、俺の過去まではシャンには伝わっていない。

 日本での記憶は人に言わない方が良いのだろうな。

 証拠もないし、特別な勉強をしていたわけでもないので、こちらに影響を及ぼすこともないはずだ。

 今思えばあの時のブレスレットは魔晶石で出来ていた気がする。

 砕け散ったから確かめようがないのだけど、空間が歪んだのは魔力が放出された反動だった。


「ハル、ハル?」


 過去に思いを馳せ、ぼんやりしていたらシャンに髪を引っ張られた。


「今何を考えていたんだい?とても大きなものを感じたけど、何かはわからなかったんだ」


「ちょっと昔の事をな。言葉にはし辛い内容だから、伝わらなかったのかもな」


「そう…ハルは何か大変なものを抱えているんだね」


「大丈夫だ、もうしっかり心のけじめはつけてある」


「うん、今は私が傍にいるのだから、ハルに何かあっても私がなんとかしよう」


「ははっ、それは頼もしいなぁ」


 本当に頼もしい。俺はシャンがいるだけで心が軽くなった。

 頼り切っていたテロル婆がいなくなってから、一人で何とかしないとと気を張って行動していたけど、本当はいっぱいいっぱいだった。

 俺はこの世界の事をこの家の中以外は何も知らないのだ。

 山へ行ったのだってそこに行かないと目的が達成できなかったからで、庭より外へ足を踏み出した時は不安だらけだった。


 結局俺は一人では怖くて仕方がない奴なのだ。

 シャンを簡単に受け入れたのも孤独を感じたくなかった部分が大きい。山で会話が出来る存在に出会ってどれだけ安心したか。独りになりたくない一心で俺はシャンを利用しているのだ。


 …シャンはどうして俺に付いてきてくれたのだろう。


「言っただろう、私は知らない事を知りたいんだ。ハルは私の見たことのない事を目の前でしてくれただろ?ハルといると面白そうだと思ったのさ。つまり私もハルを利用していることになるね。でもいいじゃないか、お互いが楽しくて、お互いが得なら。何を気にするところがあるのか私にはわからない」


 シャンはどうして悩むんだい?と俺の額をぺちぺち叩いて、不思議そうに聞いた。


 そうか、気にしなくてもいいのか。

 お互いにやりたいことをやって、居心地がいいなら問題ないのかな…?


「ハルは心配性だね」


「この間まで俺を世話してくれた人が心配性だったからな、移ったんだろうさ」


 テロル婆もちょっとした事で俺の心配をしてくれた。

 知らずのうちに俺も影響されていたのかもな。


「さて、ハルの気持ちが落ち着いたところで、続きをしなくてもいいのかい?ここも楽しいけど、私は早く旅に出たいな」


「おう、待ってろ。急いで準備するから。その間大人しくしててくれよ?もう物を壊すなよ?」


「まぁ…善処しよう」


 シャンの返事に少し不安になったが、再び作業に戻ることにした。

 錬成して、レシピを書いて何度も同じ行動をくり返した。

 夜が明けるころにはほとんどの素材を使いつくして、レシピもずいぶんと集まった。

 手帳は一冊では収まらず、全部で三冊の分厚いものとなった。

 

この間シャンは努めて大人しく俺の作業を見ていたが、ふと気を逸らしたすきに見当たらなくなって、地下で積んだ本が崩れるような音が聞こえてきた。


 …やっぱりまた何かやらかしたな。


 シャンはトラブルメーカーかもしれない。ちょっと先行きが不安になってきた。


 旅に出るまであと一日。


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