12話 痛みを超えて
気が付いた時には朝日が登り切っていた。
全身が酷い筋肉痛に襲われているようで、指一つ満足に動かすことが出来ないでいた。
俺はぼうっと空を飛ぶ鳥を眺め、なんとか生き残れた喜びを噛み締めた。
もうあんな思いは二度としたくない。身体を強制的に作り変えることがあんなにも痛みを伴うものだとは思わなかった。
俺の身体は魔力で感覚を感じ取っているため、いきなり巨大な魔力の塊を取り込んだことに拒絶反応が起き、それが熱と痛みとなって俺を襲ったのだ。
「まあでも、成功したんだから痛みを耐えた甲斐はあったな」
岩肌に大の字で寝転がる身体はここに来た時と比べものにならないほど大きくなった。
抱えないと持てなかった鍋が、今ではただのマグカップにしか見えない。
「おめでとう」
「シャンティクのお陰だ、ありがとうな」
シャンティクが道案内をしてくれなければ、あんなに早く月蜜華を見つける事は出来なかっただろう。
俺一人だったら安全第一で険しい道を避けて進み、ここにたどり着くにはもっと時間が掛かっていた。
「れんきんじゅつをみるのははじめてだったけど、おもしろかった。いいものがみれたよ」
「その後に見苦しい物を見せちまったけどな」
「それもふくめてさ!せいめいのこうぞうがかわるしゅんかんなんてめったにみれないからね」
シャンティクは笑うように跳ねた。笑うところか?人の苦しむ姿を見てなにが楽しかったんだか。
動く範囲で指で突くと嫌がって手から距離を取られた。
「これからどうする?」
「家に帰って、いろいろと片付けと準備をしたら旅に出るつもりだ」
「ふーん。…ねぇ、おねがいがあるんだ」
「なんだ?俺に出来る範囲なら礼として手伝うぞ」
どのみち何か礼をしなくてはと思っていたので、頼みがあると言うなら吝かではない。
俺が手を貸せる範囲でという条件は付くがな。流石に世界を救え的な事を言われたら無理だ。
「わたしもそのたびにつれていってくれないかな?」
「へ?ついて来るのか?いいけど、目的も何もない旅だぞ?」
「かまわない。わたしはうまれたばかりだ。ちしきはあってもなにもしらない。だからいろんなことをみて、きいて、ふれてしりたいんだ」
「ここはどうするんだよ、守護精霊なんだろ?」
「そこはもんだいない。しゅごせいれいはわたしだけじゃないからな。ひとりいなくなったとて、さまつなことだ」
「そうなのか?じゃあ一緒に行くか?」
「いこう」
十分に休憩したお陰で身体はだいぶ動くようになった。
みしりみしりと関節が音を鳴らすのを聞きながら、ゆっくりと身体を起こした。
大きな身体はまだ感覚の違いで動かし辛かったが、じきに慣れるだろう。
シャンティクは定位置となった俺の頭の上によじ乗った。
面積が大きくなったため安定感が良いらしい。俺はもぞもぞ動かれてくすぐったいんだが。
ふらつきながら立ち上がり、視界の高さに驚き、そして改めて錬成が成功したことに感動した。開放感が素晴らしい。
「ところで、ひとはふくをみにつけるしゅぞくときおくしてるけど、きみはそのままでいいのかい?」
「おぅ…良くはないかな」
見下ろすと真っ裸だった。俺はいま大自然の中で生まれたままの姿を晒して大地を踏みしめていた。
うん、恥ずかしい。そりゃそうだ、手のひらサイズから人間サイズになったのだから元の服が合うはずが無い。元の小さい服は破れて下に落ちていた。
せっかくテロル婆が作ってくれた服だったのに…後で修理しておこう。
大きくなることで頭がいっぱいで服のことまで考えていなかった。
当然今の身体に合う服なんて持って来ているはずがなかった。
どうしようもないので、せめて大事なところだけ大きめに葉で隠し、物陰に隠れつつ全速力で山を駆け降り草原を突き進み、家まで帰ってきた。
誰にも見られていないと思うが、嫌な緊張感と妙な開放感があった。
もし全裸で走れる環境がある奴はやってみるといい、価値観が変わるぞ、たぶんな。
家に入ると、漂う薬草や薬品の香りは変わらなかったが、景色はまったく違った。
少し空けただけなのに全く別の家にいるみたいだった。見るのも触るのも全てのサイズが違うのだから、当然か。
「こんなに狭かったかなぁ」
前は全て見上げるばかだったのに、今は天井の低いところでは頭をうちそうになっていた。
あ、棚の上に埃が溜まってるな、後で掃除しよう。
俺は隅にある箪笥の中から適当な布を取り出して、簡易に服を作った。
形的には作務衣のようなものだ。繋ぎ目がちぐはぐで不格好な出来だった。
とりあえず裸じゃなくなればいいから、完成度は気にしない。
「なるほど、ここがきみのいえなんだね。さまざまなまりょくがめぐっていておもしろい」
「錬金術で使う素材には魔力を多く含む物が多いからな。それじゃないか?」
「そこのとびらのおくがいちばんのうどがたかい。あそこにはなにがあるんだい?」
「そこは…俺の兄姉達が眠ってるんだ」
シャンティクが興味津々で扉をすり抜けて中に入っていってしまった。
鍵かけてるのに…!精霊だからどこにでも入り放題か…!
仕方なく扉を開けて中に入ると、以前と変わらずホムンクルスの兄姉達がフラスコの中に浮かんでいた。
シャンティクはその前で興味深そうに体を揺らしていた。
「勝手に入るなよ。ここは気軽に入って良い場所じゃないんだ」
「ハルユキ、かれらはいきていないんだね」
「生きてもいないし、死んでもいない」
「ハルユキ、かれらはこれからどうなるの?」
「俺がここを出て行くと同時に魔力に還す」
これは俺が旅に出ると決めた時に下した決断だ。
ホムンクルスに関わる物は全て消して行く。地下の書斎は、地下への階段をふさいで入れないようにする予定だ。
ホムンクルスは、兄姉達には申し訳ないが魔晶石を取り出して魔力へとその命を還す。
もしこのまま置いて行ったら、どうなるか。それこそ売りに出されて見世物されるか、もっと悪いようになるかもしれない。それよりはちゃんと還してやった方が良い。
ま…俺の独断だがな。
「なあハルユキ、これわたしがもらっていいか?」
「は?」
「わたしもからだがほしい。ひととおなじようなからだ、ほしい」
「ちょっ、まじで?どうやって…?」
「かんたんだ、ホムンクルスはまりょくでできているのだから、どうちょうすればいい。こんなふうに…」
シャンティクは身体を振動させ、フラスコに近づいた。フラスコ通り抜け、液体を泳いで、ホムンクルスの身体にその身を寄せた。
そのまま溶けるように交わって、シャンティクの身体は無くなった。
「どうなったんだ…シャンティク…?消えたか…?」
しばらく様子を見ていたが、外からでは変化が読み取れなかった。
フラスコをこんこん叩くと、中のホムンクルスがかっと目を開いた。
ホムンクルスは自分の身体を確かめるようにフラスコの中でくるくると回った。
「どうだ!これが私の身体だ!やはり人型の方が話やすいな!」
「おわっ…本当に入りやがった。お前のそれって誰にでも出来るのか?」
自分の新しい身体が嬉しいのか、はしゃいで飛び回っている。
確かに毛玉の頃より格段に話し上手になったし、顔があるから表情で感情が分かり易くなった。
でも誰に対しても出来るなら脅威だ。俺も乗っ取られかねない。それは困る。
「流石に先に魂が入っている者は無理だ。意思の無いものにしか入れないさ」
「なら良いんだけど」
「しかしあれだな、このフラスコの中は窮屈だ。早くだしてほしい」
「自力で出れないのか?さっき通り抜けたじゃないか」
「身体の構造が違うんだ。ホムンクルスの身体に入ったからにはホムンクルスとして生きる事になる」
「へぇ、そんなものなのか」
フラスコを持ってかつて俺が入っていた水槽の方へ向かった。
俺の時と同じように特殊な水を張り、フラスコの上部を切り取って中のシャンティクを水槽へ移した。
「しばらくは水槽の中に居ろよ。急に出たら身体が崩れるからな」
「なるほど。便利ではあるが、不便もあるんだね。言われた通り大人しくしているよ。ハルユキはこれから何をするのかな?」
「薬の調合をちょっとな。テロル婆がいなくなっていきなり薬が無くなったら困る人がいるだろうから、家を空ける前にある素材で出来るだけ多くの薬を作り置きしておくんだ。それが終わったらホムンクルス達を魔力に還して家を出る。後2か3日でここを出る予定だからそのつもりでな」
「わかった。あぁそうだ言い忘れていた。私の事はシャンと読んでほしいな。親しい者は皆そう呼ぶ」
「じゃあ俺もハルでいい。シャンこれからよろしくな」
「こちらこそだ、ハル」
一人のホムンクルスと一人の精霊の共同生活が始まった。
俺とシャンの付き合いはこれから割と長く続くことになり、互いに助け助けられる関係となっていくのだった。