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ホムンクルスの錬金術師  作者: まつなが・K
第一章 黎明のホムンクルス
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09話 生命

 ホムンクルスとして生きて二年、錬金術を扱い始めてから一年半が経過していた。


 小さい身体での生活も違和感なく出来るようになり、どんな重さの物も、抱えられる大きさまでなら持ち上げられるようになった。

 この人工生命体の身体は、訓練すれば筋力のような物がちゃんと付くし、学習すればどんどん知識を吸収することができる。

 しかし、身長が伸びるだとか、体重が増えるといったような身体の成長は一切ない事がわかった。

 このまま時間が経過しても自然に大きくなることが無いと分かったため、近頃はもっぱら人工生命体の研究に明け暮れている。


 一日の流れとしては朝6時に起床、朝ご飯を二人分用意して七時にテロル婆と食べる。


「テロル婆朝ご飯出来たよー」


「ありがとうね。あらこれはなんだい?」


「裏の木にペコの実が生ってたからゼリーにしてみた」


 食休みを挟んでから午前中に素材の仕分けと簡単な薬品の調合する。

 昼食はテロル婆が準備してくれて正午に二人で食べる。

 午後からは表の庭と裏の畑の世話か家の中の掃除と整理。毎日二人で交互にやる。

 表の庭では花や薬草などを育て、裏では野菜や果実を育てている。もれなく錬金術の素材に使えるものだ。


 それが終わったら自由時間だ。

 ごろごろするなり趣味に打ち込むなりすれば良いのだが、結局二人とも錬金術第一なので、自分の作りたい物の錬成をを行っている。

 

「さて、何を作ろうか。あ、そう言えばあれをそろそろ作らないと」


 俺は今日は手用の軟膏、つまりハンドクリームを作ることにする。

 本当の所はまたエリクシールを作りたいのだが、素材が底をついてしまったため作れないのだ。

 無くなったのは夢幻粉で、新しく入手しようにも、俺もテロル婆も肉体的に自分で採取に行けないし、村に行商に来る人がそんな厄介な物を扱っているはずもなく、今の所次にいつ素材が手に入るか目処が立っていない。


 素材が無く何か別の物を作ろうとしたとき、テロル婆の手が目に入った。

 歳以上に皺と傷が多く刻まれている。錬金術は危険な植物や液体を扱う事もあり、熟練のテロル婆なら尚更その機会は多い。

 当然人体に良い影響があるはずもなく、扱う際には手袋とマスク、前掛けを必ず身に着けているが、細心の注意を払っていても全てを防ぎきれない。

 その結果があの手荒れである。


 ホムンクルスの俺はいくら怪我をしようと体組織回復液に浸かっていれば翌日には元に戻るのだが、生身のテロル婆には蓄積された傷となって残ってしまう。

 なんとかしたいなと思って、傷の回復に効果のある物を調べ直し、皮膚再生と代謝向上の効力を持った薬をいくつか組み合わせ、そこに保湿の性質のある水草を入れて、使った後にべたつきが無いように仕上げたハンドクリームを作った。

 それをテロル婆の誕生日が近かったためプレゼントしたら、すごく喜んで毎日使ってくれている。


 最近のテロル婆の手は歳よりも若く見えるほど艶と張りがある。

 それに敏感に反応したのが村の女性達だ。

 寒い時期の水仕事などで手があれた女性達はこれまで自然に回復するのを待つしかなかった。

 テロル婆の手を見て、一人が試しにハンドクリームを分けてもらって塗り続けた所、手荒れが無くなっただけでなく、肌の質感が格段に良くなった事で、テロル婆の元にハンドクリームの注文が殺到した。

 まさかこんな事になるとは思わず、それから定期的に量を作る事になった。


 俺が作ったハンドクリームは自然の物ばかり使っているので保存がきかず、半月で効果が薄くなり、一月ほどで効果が無くなってしまう。

 俺はここ半年程三日に一回は村の女性達のためにハンドクリームを作っている。

 このハンドクリームが村を飛び越えて各都市そして首都でも人気を呼んでいる事をこの時の俺はまだ知らなかった。

 この世界では美容用品はあまり存在しないらしい。


「化粧水とか女性向けの商品を作ったら売れるかもしれないなぁ」


 ハンドクリームに必要な素材を鍋に入れて、弱火で熱し、蓋をして三時間ほど待つ。

 その間書斎から持ってきた本を読み進める。

 これまで毎日書斎にある本を読み、今はもう人工生命体(ホムンクルス)・人体錬成に関する本はほとんど全て頭に入っている。

 この本を読み終われば全て読破したことになる。


 人間とホムンクルスを作る際の成分は大きくは変わらない。

 元の世界の元素に合わせて言うと、水素・酸素・炭素・カルシウム・リン・塩素・鉄…などなどを含むものを必要量用意し、構成の核となる物を用意すればいい。


 この核が人体と人工生命体を分ける。

 人体を作る場合魂・記憶を植え付け生命活動―この場合成長するかどうかと言う意味だ―をさせるために血液を使用し、ホムンクルスの場合は動けばいいだけなので魔晶石を核に使用する。


 俺にも体の中心に魔晶石が埋まっている。

 血液や神経の代わりに魔力が巡っているのだが、その循環を魔晶石が担っている。俺の心臓のようなものだ。


 ホムンクルスとは基本的に意思が弱く、寿命の短い生命体だ。長くて三年ほどで寿命となる。

 その体の核となるのは魔晶石であるため、魔晶石の魔力が尽きれば体が崩壊して死に至る。

 記憶や思考力を持つと魔力の消費が激しくなるため、本能で消費を抑えようと自分で考える事を止めるのだ。

 ホムンクルスとして最初のフラスコに入っていた液体は魔力の消費を補うもので、フラスコに入っている限り死ぬことは無いようになっている。


 俺以前に作られた兄弟たちはどうなっているのかと言うと、彼らは厳密には生きていないホムンクルスだ。

 魔晶石の消費が一切ないため生きているとは言えず、体があるが活動をしていない、人形のような存在である。

 ホムンクルスも確立した定義が無いため、もしかしたらいつか動き出すかもしれないとテロル婆は作った人工生命体を処分しないで保存し続けているのだ。


 さて、ここで俺は何なのかと疑問が出るだろう。

 フラスコの外で二年も活動し、常に思考と記憶を重ね、魂まで宿っていて、魔力の消費はどうなっているのかと。

 基本的に魔力は寝れば回復する物であるが、ホムンクルスの俺は寝ていても生命を維持するため魔力を消費し続けている。

 おそらく本来なら魔力の消費が多すぎて寿命で死んでたはずだ。


 だが俺は無意識のうちに魔力回復の手段を使って今日まで生き延びてきた。

 その魔力回復の手段とは日々の食事だ。

 この世界では全ての物に魔力が宿っており、食事で魔力を回復することが出来る。

 ただ普通の人は魔力を全て吸収することなく体の外へ出すため、食事で魔力回復する意識は低い。

 俺の場合は食べた物の魔力を全て吸収することが可能で、そのためか汚い話ではあるが排泄する物が食べた量に比べて少ない。


 生きるために魔力の吸収が必要と知ってから他に手段は無いかと探したら、魔晶石から直接吸収も可能だと分かった。

 一口大に砕いた魔晶石を口の中に含むと、魔力の吸収に合わせて魔晶石が溶けて行って、最終的には形は無くなってしまう。まるで飴だ。

 日に二つ、魔力の消費が激しかった日は三つ程魔晶石を食べるようにしている。ちなみに味は無い。


 本を読み終わって、ハンドクリームの錬成に戻る。

 程よく水分が減り、クリーム状になってきたところで、成分の偏りを無くすため、固まりすぎないよう手早く五十回程ねりあげる。

 器に取り分けて冷めれば完成だ。俺用の鍋で五個程出来るので、あと十五個程作れば次に売りに行くときには足りるだろう。


「あれ?もう暗くなってきたけど、テロル婆どこに行ったんだろう?」


 今日昼食を取ってから見かけていない事に気付く。

 表の庭と裏の畑を確認したが見当たらなかった。村にはこの間行ったばかりだから行っていないはず。

 なら家の中だが、寝室、倉庫、風呂場に行ってみたがおらず、後は地下の書斎のみだ。


 一段一段飛びながら階段を下り、書斎の扉を開けた。

 扉から右奥に机が置いてあり、テロル婆はいつもそこで本を読んだり書き物をしたりしている。

 見ると机には本が積み重なってその奥にテロル婆がいるのが見えた。

 近づくと机にうつ伏せになっている。

 寝ているのかと思って机に上ると、テロル婆の様子がおかしい。呼吸が荒く、大量の汗をかいている。顔色も悪い。


「…テロル婆?テロル婆!」


「はぁ…はぁ…」


押しても引いても叩いてもテロル婆は目を覚まさない。みるみる体調が悪化していく。


「ちょっ…どうしたんだよ!?起きてよテロル婆!」


「はぁ…あら…ハルちゃん…大丈夫よ…いつもの事だから」


「いつもっていつからだよ!俺知らないぞ!」


「ハルちゃん…心配性だから…大丈夫よ…すぐ……おさまる…から」


そのまま、また気を失って直前まで手に握っていたペンが床に転がり落ちた。


「(なんだこれ、知らない、知らないぞこんなの!早く起きて…ちゃんと話してくれよ…!)」


 俺はテロル婆を寝室に連れて行こうとしたが、体格差で階段の上まで運ぶことが出来ず、寝室から布団を持って来てその上にテロル婆を寝かせた。

 頭に濡らした布を乗せて、枕元に飲み水や朝に作ったゼリーも持ってきた。思いつく限りの薬も用意した。

 だがテロル婆は目を覚まさず、薬も水も飲ませることが出来ない。

 くそ、点滴とか無いのかよ…!知識だけがある状態で何も出来ない事が悔しくて仕方がない。


「ハルちゃん、そこに居るかしら?」


 テロル婆の小さい声が聞こえた。目が見えていないのか手を彷徨わせて俺を探している。

 俺はテロル婆の手に触れて、声を張り上げた。


「目が覚めたの!?具合はどう?薬用意したから飲んで!」


「ふふ、心配させちゃったねぇ…大丈夫よ。薬は要らないわ、それより…」


「要らないってなんだよ!飲んでよ!このままじゃ…!」


「話を聞いて。お願いよ」


 これまでにない強い口調で言った。俺は聞き逃すまいとテロル婆の顔の近くまで移動した。


「私ね、持病があった…魔力が回復し辛い体質でね…時々発作を起こしたりしてたんだよ…」


回復弱症候群(アンリカバリーシンドローム)…」


「さすが、よく知っているね…最近になってよく発作が出てねぇ…もう歳だねぇ…」


「テロル婆は元気だったじゃんか…」


「心配させたくなかったんだけど、ばれちゃった…ふふ」


 テロル婆は体調が良くないのに陽気に話して笑った。

 嗚咽で上手く声が出せない俺の頭をずっと撫でている。


「言ってくれれば薬作ったのに、俺もうテロル婆より上手く錬成できるようになったよ…?頼って欲しかった…!」


「うん…うん…ごめんねぇ…」


「あやまんなよ…」


 だんだんとテロル婆の手に、声に力が無くなって行くのが分かった。

 その意味を理解したくなくて、テロル婆にすがりついた。


「ハルちゃん…勝手に生んでしまってごめんね…大きく生んであげられなくてごめんね。私があなたに残してあげられるものは多くない…全て手紙に…机にある…から…」


「テロル婆…?」


テロル婆の手の平で身体全体を覆われ、次の瞬間にはテロル婆の手が離れた。


「ハルちゃん……家族でいてくれて、ありがとう……さようなら…」


 最後に微笑みながらテロル婆は動かなくなった。

 押しても引いても叩いてもテロル婆は目を覚まさない。テロル婆は二度と動かない。


「う…うぁ…うあぁぁあああ…!!」


 俺は声を上げた。

 ホムンクルスについてこの時初めて知った事がある。

 ホムンクルスは涙が流れない。

 どんなに悲しくても、これ以上ない喪失感に襲われても、夜が更け朝日が昇るまで泣いても涙は一粒も流れなかった。


 雪が解け春の兆しが見えた暖かな日、テロル婆は七十歳でこの世から旅立った。


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