00話 春の日常
初作品です。緊張します。よろしくお願いします。
ハイル帝国・首都ヴィオの市民街の一角に、見慣れない不思議な道具を売っている雑貨店があった。
その店は聞く人によって大きく印象を変える。
身なりの良い貴族に聞けば希少な宝飾品を扱う店と、一等市民の老夫婦に聞けば万病に効く薬を扱う店と、下町の子供に聞けば甘い甘い菓子を売る店と言う。
老若男女身分の良し悪し問わず、この首都に住まう者ならその店で扱う品に一度は世話になると言われている。
またその店は首都に住まう者のみならず、都市間を移動する商人も、流浪の旅人も、荒事仕事の冒険者までもが足繁く通う。
商人は次の行商で売る品を手に入れるために、旅人は身を守る道具をそろえるために。冒険者に至っては魔獣と戦う武器の手入れのために訪れる。
さまざまな者がさまざまな目的で訪れるその店は『万能の雑貨店』として親しまれ、何か欲しいものがあればそこを頼れと言われる程の信用を得ていた。
その雑貨店を営むのは齢二十半ばの、年より幾何か幼く見える青年。
黒い髪、黒い瞳とこのハイル帝国では珍しい容姿を持ち、また耳慣れない音の名を名乗っていた。
名をハルユキ、姓をフクトミという青年は気だるげにカウンター内の椅子に座り、店内の品を手に取って買い物をする客を眺めていた。
店内を物色していた冒険者の風体の客が店主の元にやってきて、品物をカウンター台の上に置いた。
「店主は今日もやる気がないな。これを」
「こんな何にもない穏やかな日中にやる気を出して店番なんてできるか。えー…っと、回復薬3つ15ユールと毒消し薬2つ14ユールで合計29ユールです」
客は腰に付けた小袋から銀貨を1枚を取り出して店主の青年へ渡し、受け取った青年は大銅貨7枚と銅貨1枚を客へ返した。
客は買った品物を麻袋に入れながら、店主へと話しかけた。
「ハルユキが店を構えてからもう3年くらいか?初めの頃はひょろひょろした世間知らずの軟弱野郎が店を開くっつうからえらく心配したもんだが、今じゃ帝都じゃちょっとした有名店だもんなぁ」
「おっちゃんには世話になったな。お陰様で何とかやってるよ」
青年とおっちゃんと呼ばれた客の出会いは偶然ではあったが、出会いから今日に至るまで持ちつ持たれつの関係が続いていた。
青年は世話になったという意識が強いが、客からすれば青年から受ける恩恵の方が大きいと感じている。
青年の店で取り扱っている品は一般に出回っている物より質が良いらしく、幾度もこの店の回復薬にぎりぎりの所で命を救われていた。
もしその時持っていたのがこの店の品ではなく、一般の薬だったのなら、おそらくこの世に生きてはいないだろう。
客は危険のある仕事へ出かける際は必ずこの店の薬を幾らか購入していくことにしていた。
客は青年としばらく世間話に興じていたが、昼の鐘が聞こえると、慌てて店の扉を開けて人が行き交う大通りの方へ走って行った。
青年は店内に客が一人もいなくなると、重い腰を上げて棚の残りが少なくなっている商品の補充を始めた。
一通りの補充が終わったころ、また新たな客が店の扉を開ける。
店内を見た新たな客は眼を丸く見開いた。
その様子から青年は客がこの店を初めて訪れたのだと分かった。
この店は初めて訪れる客には必ず言う言葉がある。この店は宝飾店でもなく、薬剤店でもなく、菓子店でもましてや鍛治屋でも修理屋でもない。
それをわかってもらうために必ず初めに言っておくべき言葉がある。青年は珍しそうに品を見る客へ向けてお決まりの言葉を掛けた。
「春の錬金術店へようこそ!」
外では真上に上がった太陽が店のトレードマークである桜の看板を照らしていた。