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優男  作者: 今西 克己
9/9

リーダー

「それでは皆さん揃いましたね」

優男が言う。

誰も返事をしない。その一室は微妙な空気が流れていた。優男以外の五人はこの日初めて出会った。普通のサラリーマン風の男、見るからにチンピラ、美人の女性、笑顔を絶やさない中年男性、未成年……彼らは何の関わりようが無いようにみえる。はっきりと言えば一般人だ。

女性以外が紺色の背広を着用している。デザインこそは普通のであるが、その生地は高級品だとわかる品を漂わせている。

部屋の中には窓がなく空調によって適度な温度の保たれている。

「わしはネクタイというもんが気に食わん」

チンピラの男が言いネクタイを外そうと右手を首元に近づける。

「矢沢さん」

優男がその男の苗字らしきものを言うと皆がそちらへと振り返る。くったくのない笑顔で目が異常に輝いていた。

矢沢は右手を膝の位置へと戻した。優男が頷く。弱みでも握られているのだろうか。

パンッ

 優男は両の手を叩き部屋中に響く音を鳴らした。五人の十個の瞳はさらに優男に注がれる。

「幸か不幸か今日は皆さんにお集まりいただきました。お酒はありませんが親睦会といたしましょう。それではまず自己紹介からお願いします。わたしから見て時計回りにお願いします」

 その一つのデスクは独特の形をしていて昔に習った前方後円墳の形をしている。

優男はその前方の位置に座っている。

優男に言われたとおり皆が時計回りに自己紹介を始める。

最初は美人の女性であった。

「足利久美子を申します」

 素っ気なく名前だけを言う。その声にはやや緊張感があった。

続いてチンピラが

「矢沢誠や、よろしゅう」

 二人目になれば緊張感はほぐれる。

次に優男の真向かいに座っている男が自己紹介をする。

「門倉太地を申します」

 いかにも真面目で一本気そうな印象を与える。

「僕は相楽一郎、今どきの名前じゃないでしょ」

少年は表情を崩しつつ言う。

そして最後に笑顔お絶やさない中年が

「一条兼継、よろしくお願い申し上げます」

と言った。これで一応自己紹介は終わりと思われたがチンピラが一言言う。

「兄ちゃん。あんたの名前は教えてくれんのかのう」

 誰もが気にしていたが口には出せないことを言った。

「私ですか。そうですね……鬼と呼んでください」

「それは卑怯と違うか? 俺等は自分の本名はいったんやで」

「本名?この中の誰も嘘をつかないと思っているのですか。初対面ですよ」

優男はふち無しの薄いレンズのメガネを左手で直しながら言う。

「わしは嘘などついてない。他の人はどうかしらんけどな」

 四人の視線がかすかに下を向く。

「あはは。安心してください。この中で本名を偽っている人は一人もいません」

 優男は長い言葉は離さないが異常に説得力がある。それは不思議で他の人はその男の言葉を信じてしまう。

「そうか。それはすまんかった」

 チンピラは頭を下げた。意外な光景である。

「おじさんの言うことは、違っていないよ」

 少年が口を開く。

「疑うのは当然だよ。僕だっておじさんと同じことを思ったもの」

「うん、これは私が悪かったですね。もう少し話を進めてから自己紹介をすればよかった。次回からは気をつけます」

優男は腕ぐみをして、目をつむって頷いた。

「今日は親睦会です。明るく行きましょう」

 眼を開くと優男……鬼はそういった。しかしそうはいっても年齢層がバラバラで初対面ということももちろんあり沈黙がしばし流れた。

「しかたないですね私が仕切りましょう。まずはリーダーを決めますか」

 太地はこの鬼という男は最初からこの流れを知っていてリーダーを決めるということに持って行こうとしたと気づいたが声には出さなかった。

「くじ引き、あみだクジ、選挙どれにいたしましょう」

「選挙だけは運頼みじゃない」

 笑顔の絶やさない男はいった。

「あっ、気づかれちった」

 そうはいっても悪びれていない。

「選挙って言ってもさ、何を基準の選ぶんです」

 相楽も疑問を口にした。

「私はどうやって決めてもいいんですよ。何なら五十音順にしましか」

 一条の方を見ると彼はやれやれという笑顔で首を横に振った。

「くじのほうが不平等だと思いませんか?資質のないものがリーダーになる可能性がある」

「資質とは?」

 太地が聞いた。

「私の言うことを素直に聞くことです」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

五人とも黙ってしまった。そんなことならリーダーになんかなりたくはないのは当然である。

「ずいぶんと自分勝手ではないですか」

 沈黙を破ったのは矢沢であった。

「わしらはあんたに勝手に集められた。その上、自分のいうことを聞けとは傲慢やなかですか。そもそも、わしの家に勝手に上がり込んでここの住所とスーツをおいて行ったのは、どういうことですかい」

「しかし貴方はここへ来た。それは運命です」

「運命やない。気持ち悪かっただけや。目的が知りたかったんや」

「ですから運命でしょう」

 鬼は相変わらずのにこやかな顔である。矢沢も一線を引いているようで食って掛かる言い方や態度を表さない。

「ではこうしましょう。私の一存ということで……」

 この男入っていることはひどく傲慢なのだが説得力はある。

「じゃあ、なんでくじや選挙を提案したの?」

相楽は疑問を聞く。

「それはリーダーを決める大事な事象ですから、できれば皆が賛成する方法を選びたかったのです。しかし、まとまることはなさそうです。それならば私が決めるのが一番ではないでしょうか」

(最初からそのつもりではあったのではないか)太地は確信にも似た感情を持った。

そういえばさっきからいくら正面に座っているからといっても鬼はずっと私の方を見ている気がする。太地はある程度の覚悟をした。

「それではリーダーを発表します。栄えあるリーダーは……門倉太地さんです」

 太地以外の四人はホッとした表情をした。ただ一人太地の目は暗かった。

「皆さん、どうですか」

「賛成や、この男はしっかりしてそうや」

「さんせーい」

「賛成です」

「その決定に従わせていただきます」

「うん、それじゃ決定」

「冗談じゃないです。私に奴隷になれというのですか」

「そうです」

「貴方は自分勝手過ぎる」

「それはどうでしょう。貴方は自分自身の高いプライドを隠している。今の地位に満足していない。そしてそれと同時に誰かに従うのが楽であることも知っている。適任じゃないですか」

 初対面の人間がいるところで言われたくない自分の本質を当てられてしまった。

「そんなことは……」

太地は言葉を続けられなかった。

「決定です」

 鬼はそう言うと胸ポケットから白銀のバッジを取り出した。見た目にはどこにでもあるデザインに思えた。

「今からこれをつけてください」

 太地は観念しいうがままにスーツにバッジを取り付けた。

「みなさん大事なことを忘れていますよ。拍手拍手」

 まばらな拍手が部屋に響いた。


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