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優男  作者: 今西 克己
6/9

年収で 買収? それは嘘

「こんばんは」

 優男は柔和の表情のイメージ通りの優しい声だった。

「こ、こんばんは」

返す。

「いつもいつもご苦労さまです」

「はあ」

「秘書というのは割に合わない仕事ではないですか。サービス残業が当たり前です。政治家は法律で規制しながら自分たちがそれを破る」

「仕事が好きですから」

「ほう、親の悲願だったからじゃないですか」

「わかりますか」

 図星だったが表情を崩さずに言う。確かに最初は親のレールだったが今は満足している。とてもやりがいのある仕事だ。

「慣れていくうちに感覚がそうなっていくものです」

「そうですね」

 そういうことかもしれない。一つも疑問を聞いてみる。

「どうやってこの部屋まで来たのですか?守衛が二人いたでしょう」

「金です」

 優男はあっさりと答えた。

「年収分をキャッシュで払いました。私はこのマンションに入り放題です」

「防犯カメラがあるでしょう」

「だから何かを見せるふりしてカメラの死角で袖の下を」

 カメラの死角はどうやって調べたのか新しい疑問が湧いてくる。

「はじめてですが良いマンションですね」

 なおさら知るわけ無いじゃないか。

「私は嘘つきです」

「プッ」

 男の正直さにとっさに笑いが出る。

「どうやって入ったのですか」

 自分がドアを半開きにしている無防備さに気づいていない。

「これです」

 名刺を出す。佐志先生の名刺だ。そしてひらりと裏を向けると指し先生の筆跡でこう書いてある。

「この男をこのまま通しなさい」

(まさか、あの佐志先生がこんなこと書くわけがない。先生は警戒心の塊だ)

「もう、疑り深いんですね」

 柔和な表情で応える。監視カメラで見れば長年の友が訪ねてきたように写っているだろう。

「闇貴族」

 その言葉に太地は、はっとする。もしかしてこの男が……いやどうしてこの部屋には入れた?はじめて来たといったはず

「私は嘘つきです」

 今度は太地の受け取り方は変わった。猜疑心。

「この手紙を持ってきたのは貴方ですか」

「違います」

 優男はすぐさま否定する。そうだこれを聞いておかなければ。

「失礼ですがお名前を伺えますか」

「名前ですか。誘っているのですか」

 いたずらっぽく笑う。まるで無邪気な純粋な子供のようだ。

「あなたの名前を伺えますか」

 質問に質問で返してきた。

「私の名前は門倉太地です」

「知っています」

「ははは。それなら聞かなくていいじゃないですか」

「そうですね。しかし万が一あなたが本人ではないとしたら困ります」

 男は自分の名を言わないが会話がスムーズなのでそれ以上聞けなかった。

「私はここで一人暮らしです」

「表札がありませんね」

「ここのマンションはそういうプライバシーは禁物です」

「隣に住んでいる人の名前すら知らない?」

「ええ、たとえ人とすれ違っても無視するのがここのルールです」

「なるほど」

 優男は感心している。本当に知らなかったのか。

「まあ、とりあえず入れてください」

 男の言葉を素直に受け入れて部屋の中へ通した。どうして無警戒だったのか自分でも不思議である。

 太地は優男をソファーに案内して座ってもらい冷蔵庫から水を取り出す。

「気の利く人ですね。女性いらずです」

「今のところ彼女はいません」

「知ってます」

 優男は笑うがそこに嫌味はかすかにもない。

「私は勉強ばかりしてきたので奥手なのです」

「貴方はモテそうなのに。それに地位もある」

「それは反対です。政治家の秘書であるから気をつけないといけません」

「そうですね」

「かすかな情報がスキャンダルに発覚することもある。秘書は余計なことはしゃべりません」

「いい心がけです。私とは、よく話しますね」

 そういえばそうだ。どちらかと言えば人見知りの性格なのだがこの優男に対しては素直な自分になる。寸暇考えたが答えは闇である。

 水のミネラルウォーターのペットボトルを男の手前に置く。

「あら、良い水ですね」

 嬉しそうになり。頂きますと手を合わせてから水を飲む。

「????」

「どうしたのですか? 水に手を合わせる人間は珍しいですか」

「はい」

「そうですか。人は水なしでは生きていけない。水こそが命の源なのです」

「まあ、そうですね」

「今の若い人は感謝が足りません」

 その男も見た目は若いのだが……

「これは美味しい」

 あっという間に飲み干す。

「おかわりいりますか」

「はいっ」

 太地は冷蔵庫から二本取り出してきた。

「一つでは足りないでしょう」

「貴方はほんとうに気が利く。そのうち良家のお嬢さんと結婚できます」

「そうなれるといいですが私は政治家になるために最善の相手と結婚しなければならない」

「それは悲しいことです」

「そうですか。私は割りきってます。女性は誰もかれも体は同じです」

「そういう問題では無いと思います。貴方は本当に恋をしたことがない。それは不幸なことです」

 寂しげにそう語る。しかし太地は政治家になるために全てをかける覚悟を決めている。結婚もその一つにすぎない。

「闇貴族としては良いのですが人間としてどうでしょう」

「人間は様々な価値観があるから面白いのではないですか」

「確かに」

 優男は意を得たりといった感じだ。

「ところで闇貴族とは何ですか」

 言葉が出たついでに聞く。

「何と言われても一言では言えません」

「いやじっくり聞きますよ」

「はっきりと申しますと私もよく存じておりません。私は下っ端の御用係です」

「残念です。あの紋章の噂を知っていました。まさか自分のところに来るとは思いませんでしたが」

「選ばれたのです」

「なぜ私が選ばれるのです」

「それは忠義心があるからです」

答えであるようなそうでないようなことだ。

「貴方はどこまで知っているのですか」

 優男が質問してくる。

「どこで聞いたのかは忘れましたがこの世には幻の紋章があってそれを送られた人はなくなるといいます」

「結構知ってますね。しかしそれは間違いです。死にはしません」

「そうですか。私が聞いているのはあくまで噂ですから」

「うん。噂というものはいい加減で時には嘘になる。それを見極めるには注意が必要です」

「しかし紋章はあった」

「ええ」

 男は水をまた嬉しそうに飲み干した。

「男二人でこうして雑談しているのも楽しいですが私は役目を仰せつかってきました。本題にはいってよろしいですか」

「はい」

 男は神妙な顔になり明日のことについて事細かに説明を始めた。

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