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優男  作者: 今西 克己
5/9

発狂 兄

前日

 いつものように秘書の業務を済ませ、他の秘書たちと翌日……もう当日になってしまったが、までスケジュール調整をしてマンションに帰宅した頃にはすっかりと疲れきっていた。

「門倉様。お手紙を預かっております」

 マンションのフロントが一通のレターを門倉に渡す。

「これだけ」

「はい」

 いつもは十通くらい地元からの陳情の手紙が届いていたので意外であった。たった一通のベージュ色のレター。

 部屋につくとネクタイを外しハサミでレターを開ける。受付が金属探知機で確認していると言っても万が一である。秘書にはもったいない施設の建物であるが門倉の家は県下有数の名家の一つである。金はくさるほどある。だから薄給であっても気にしなくハイソサエティーな生活ができている。本来はここには兄である一がいるはずであった。しかしプレッシャーに押しつぶされて廃人となり精神病院の鉄格子の中に入れられている。世間的には、県外の人間には長男で通してある。名士と言っても所詮地方の名士であり大したネームバリューがない。一が病院へ入れられても地元の人間しか知らないし地元の恥を晒すバカもいない。

 悲願、それはまさしく悲願であった。父は国会議員選挙に五度挑戦し、いずれも破れている。それもそうで相手は最大野党の党首である。知名度が雲泥の差で落としてはいけないという無言の圧力、また実際の言葉の圧力がかけられていた。

 圧倒的大差で敗れ続ける。父をネタに学生時代はからかわれていた。

 父の目標は長男が国会議員、次男が官僚であった。だから名前も年寄りが間違えないようにと一と名付けられた。生まれながらにして宿命を背負わされていた。次男である太地も小学生の頃から家庭教師の東大生を付けられ勉強漬けの毎日を送っていた。バカにされてもそれをバネとする強さが太地にはあった。

 成績は常に一番。一科目の試験で二問間違えると皆が驚いたような安心するような状態が常であった。

 兄はそこまで優秀ではないものの有名私立大学は余裕で通れる成績を残していた。もちろん内申点には教師に圧力、金銭をかけていた。そしてそれは暗黙の了解であった。

 いくら野党の党首と言ってもやはり地元のに人間に勝たせたいのが人情で選挙人たちはいつか野党党首を破る日を夢見ていた。

 要は兄の一に選挙区の期待がかけられていた。選挙区とはちょうど都会に引っかかり引っ越してきた人たちはどうしても野党の党首に票を入れる。そして都会と田舎では人口比率が違う。ある意味負けるべくして負けていた。何度か選挙区の変更を画策したがことごとく失敗しやはり選挙で勝つしかなくなっていた。

 事件が起こったのは一が高校一年の時、授業中に突然錯乱状態に陥った一、すぐに医者を呼ばれて無理やり数名で押さえつけている一に睡眠薬をうった。それが始まりであった。

 一は薬なしでは生きていけない体、精神となりやがては噂ではあったが覚せい剤に手を出したという。警察に圧力をかけ表には出されなかったが、病院に閉じ込めざるを得なくなり。やがて一はタブーの存在になった。その重圧を一人で背負ってきたのが太地だ。彼は性格は凡人には見えても芯がかなり強く、痛みや苦しみを表情に出さなかった。

 そして高校ニ年の夏、父のすすめは有名私立大学であった。兄の行くはずだった大学であった。彼の学力なら日本一の国立大学への入学も可能だったが政治家が第一目標であった父は政治家を一番多く排出している大学を選んだ。

 親の敷いたレール通り。世間から見ればそうだが学力で負けたことのない太地には不本意であった。自分より頭の悪い連中より低いランクの大学に生かされることは彼の自尊心を大きく傷付けられたが、それも一族悲願の為と抑えた。

 上京した太地は名士の長男として振る舞い兄の存在を他人に悟られることはなかった。大学を主席で卒業するとまだ若手ながら党幹部に地位にあった佐志の事務所に入った。最初から三番手の秘書待遇で他のものは不満だっただろうが父は莫大な献金を裏から回していた。

 二番手を望んだそうだがそれはさすがに露骨すぎはしないかと事務所関係者たちに説得された。国会議員にコンプレックスのある父はその条件を受け入れた。

 それから一年が過ぎ秘書として経験をそこそこ積んだ頃。第一秘書と第二秘書が相次いで死んだ。死因は心不全。公表するなという意味である。

 表面上は幸運な形で太地は第一秘書となった。しかし実情を知っている者達は快く思っていない。仕事面でちょくちょくといじわるをされた。だが、太地はそれに動じることはなかった。

 彼にとって自分より頭の悪い連中よりランクの低い大学に行ったことのほうが辛く、多少の意地悪など気にとめなかった。


 封を切ると薄い便箋が折りたたまれていた。取り出し開くと便箋の右上にある印が刻まれていた。

「まさか」

 それは驚きだった。噂には聞いていた幻の紋章。それはあくまでも噂だと思っていた。

『闇貴族へようこそ。これはあなたにとって生涯一の名誉である。貴方は闇貴族に選ばれた。おめでとう』

 太地は何度も何度も繰り返し見たがやはりこれはもぼろしの紋章と言われているヤツに間違いない。しかし闇貴族というのは初めて聞く。それはこの手紙が噂で誰も中身を知らないからである。


コンコン……


インターホンがあるにもかかわらずわざわざノックをする人がいる。と言うか警備が厳重で来客がいると必ず玄関を通る構造のこのマンションにどうやって入ってきたというのだ。

 とりあえず覗き穴かな除くと優男が見える。少し安心した。そしてすぐに気を引きしめた。なにか持っていないか……どうやら手には持っていないスーツを着ているからナイフくらいは隠し持っているかもしれないが喧嘩になれば勝てそうな相手ではある。もちろん刃物は人を狂気にするということはわかっている。

「はい」

 インターホンで太地は答えた。

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