自傷して笑顔
「あはは」
男と女が談笑している。
「それでね皐月ちゃん」
「早く続きを言ってよ鬼木くん」
飽きない、この男と話している時だけは本当に飽きが来ない。どうしてだろう。話がうまいだけの男なら今まで何人にもあってきた。というか声をかけられてきた。
その女性は自分の美貌には自信がある。自分に惚れない男はいないと思っている。街ゆく視線を向ける男たちが自分とのセックスを想像しながらオナニーしていることくらい知っている。そこまで子供ではない。
でもこの男の気持ちはわからない。
「大将がこの話は受けないといっていたんだけどね」
「そういえば」
同じ話を聞いたことがあるような気がする。だけど面白い。この優男の口から出る言葉は歯切れよく心地良い。
「皐月ちゃんは笑い上戸だね」
そういえばいつもよりお酒を飲んでいる。この男は相変わらず水を飲み続けている。その男は話している時以外、水を飲んでいる。しかしトイレに立たない。この水は一体どこに行っているのだろうか。時々疑問になるが聞けない。何か今さら聞けない感がある。
「そうそう、お仕事お仕事」
男が話しを切り出した。そう私は仕事を告げに来た。そうしたらお酒を勧められそのまま時が流れてしまった。
「大将が言ってました。あんまりムチャはするなってね」
「やっぱり大将でしたか。変装が下手ですね。関西弁も下手だ」
「わかってたのね」
「声を聞けばわかります。私は耳がいいんです」
どこまで本気なの?聞いても教えてくれないだろうけど……。
「私は指名したのは鬼木くんでしょ」
「まさかほんとうに来てくれるとはね」
「それにしてもきれいな部屋ね。女性がいるのかしら」
軽くジャブを放つ。
「いますよ。皐月ちゃん」
「えっ?」
一瞬固まる。私は彼女?
「今お酒を飲んでいる貴方は女性です」
「そういう意味ではないです。交際している女性」
「その質問を聞いてどうするのですか」
「べ、べつに普通に質問しただけよ」
少し顔が赤くなっているがアルコールのせいだといえる程度だ。
「今は、いません」
「いまは? 昔はいたんだ」
少し驚いたけど何気ないふりをして少しからかうニュアンスを入れる。
「私が女性を交際して悪いですか」
「悪いわけ無いでしょ」
「そうですね」
鬼木はにこりと笑う。この人何を考えているのかしらと皐月は心理を読めない。
「無駄なんですよ」
「無駄? 何が?」
「私の心理を読もうとしても無駄です」
「そんなことはないわ。貴方考え過ぎです」
「私はいつも思考をしている。そして、その時は感情を無にしている」
皐月の否定を無視して言う。
「それはですね。私は死んでしまうんですね。思考をやめてしまうと……」
少し悲しい目になった。珍しく負の感情が目に出ている。もしかして本当のことなのかと考えたがそんなことあるはずはないと結論づけた。
「これも演技です」
「わかっているわよ」
はあ、いつもこの男には振り回される。
「私がモテるように見えますか」
先ほどの話を蒸し返してきた。
「まあ、見た目は悪く無いわね」
悪くないどころかハンサムである。
「私は自分の見た目が嫌いでしてね。女性みたいでしょ。昔痴漢にあったのですよ。それでその時驚いて声が出なかった。女性の気持ちがよくわかりました」
「そう。それは良かったわね」
「貴重な経験でした。あはは」
それからしばらくして皐月は仕事の依頼をし帰っていった
その後……
プラスチックの引き出しから鬼木はカッターナイフを取り出した。
プスッ……
膝よりやや下の骨に近い部分に刃をあってて自傷行為を始める。
そして流れ出てくる血を見つめる。献血後と違い少しというかだいぶ黒い色の混じった血がツーと足にしたたり鬼木は適当なところでティッシュで血を拭う。
「いい冷たさだ」
一人でつぶやく。笑顔である。
「まだだ、まだ私は生きている」
そう言うと今度は反対の脚にも自傷する。当然、同じ血が滴る。
鬼木は少し怪訝な顔になった。
「赤い?」
血は赤いものなのに疑問を持っている様子だ。血が赤い理由は中学生でも知っていることのはず。ここで説明するまでもないことだ。
「はあ、はあ」
鬼木の息遣いがすこし乱れた。
「気にするな、気にするな」
自分へと言い聞かせている。何が彼をそのように動揺させているのかわからない。他人から見ればただの異常者だ。
息を整えると鬼木は水道の蛇口をひねりグラスに注いで水を口へ運ぶ。彼は落ち着く。
それはまるで水が精神安定剤のように。
「因果なものだねえ」
彼はそう言うと今度は傷をつけた部分にハンマーを振り下ろす。振り下ろしと言ってもそれは儀式のようなゆっくりとした動作だ。
するとどうだろう血が止まり。傷が収まった。
「次は政治家か……いよいよ始まる」
鬼木が鏡を除くと目が輝いた優男が写っている。
「なんでこんな顔に生まれたんだろう」