優男
「いいのかい素手で」
ナイフを左手に持った、金髪の男が言う。向かいにはいかにも優男がたたずむ。極めて冷静。
「へえ、まさかあんたが殺し屋だったとはね」
「よく言われます。そしてそれは最後の言葉です」
パシューン
空気を切り裂く音がして金髪の男はこの世から消えた。
優男はその場にかがむ。
「はあ、はあ」
息を切らしている。ヒューヒューと呼吸音が静かな路地裏に響く。
「まだだ、まだ生きている」
優男は確認するかのように独り言を言う。
「この商売も楽じゃないね」
10分ほどで呼吸を整え男はその場を去っていった。金髪の男は姿形が見えない。
二時間前、喫茶店「カロナ」
「マスターこんにちは」
「こんにちは消しゴム君」
「アメリカン」
「オッケー」
「コロンビア豆なのにアメリカン」
「じゃあアフリカンで」
「何じゃそれ」
「いやなんとなく」
優男は喫茶店の奥に入ってゆく。
「やあ、大将」
「よう天才」
「やめてください」
「お前を褒めているのではないお前の才能を褒めているのだ」
「こんな能力いりません」
「しかし有効に使わないとな」
「体に負担がかかりますが」
「しかしお前はもう普通の仕事にはつけない。人殺しだからな」
「まあ、そうですね」
大将と呼ばれた男は葉巻に火をつけた。白い煙が空気に溶けていくさまを二人で見ている。
「どこの行くのでしょうか」
「この煙か、それともお前がなのか」
「どちらもです」
「行き着くところまで行き着くしかないだろう」
「終着駅はどこですか」
「さあね」
アメリカンコメディのように両手で合図する。
「それで今日の標的は誰ですか」
「こいつだ」
重厚な木製の机の上に写真をすっと置く。
「まだ若いですね」
「21だ」
「小物じゃないですか」
「金貸しだ」
「取り立てですか」
「元締めだ」
「若いのにしっかりしていますね」
「この商売は血の気が多い方がいい」
「それはわかっています」
マスターがコーヒーを運んでくる。白のカップに入った2つの黒い液体。そしてすぐに去っていく。
「今日はアメリカンか」
「薄いのが飲みたくてですね」
「しかしお前も変わっている。水とコーヒー以外口にできないとは」
「遺伝です」
「お父さんに若いころによく似ている。ハンサムだ」
「お世辞でも嬉しいですが私には外見は必要ない」
「そうかね。相手を油断させる見た目だ」
「ああ、そういう意味ではいいかもしれないですね」
「すごくいいと思う」
「それでこの男は私の能力を使うのに必要ですか。皐月ちゃんで良くないですか」
「皐月はデートだそうだ」
「嘘でしょ」
「美人だと思うがね」
「それはそうだけどあの性格についていけるはずはない」
「猫をかぶっているのさ」
「ほんと男好きなんだからな」
「本人に言っておくぞ」
「それだけはご勘弁を」
二人は笑い声を上げる。
「それでこの男は何者何ですか」
「黒川の息子」
「黒川、黒川……」
あごに左手を当てる。
「ああ、〇〇組の黒川ですか」
「当たり」
「将来の幹部候補だというわけですね」
「だから消しておく」
「まあ、いいでしょう。出すものを出してくれれば」
その言葉に反応して大将は札束を5つ机に広げた。
「ほう、こんなにもらえるのですか」
「美味しい仕事だろ」
「はい」
「支持してきたのは誰ですか」
「ばあさん」
「それなら受けないといけません」
「報酬に目が眩んだようだが」
「正解です。今日はこれだけですね」
「ああ」
「それでは失礼致します」
「また連絡するよ」
「皐月ちゃんがいいな」
「お前も好きなんじゃないか」
「可愛いですからね」
「しかし処女じゃない」
「あはは……」
優男は踵を返して店を出た。結局コーヒーには手を付けていない。