セクハラじゃないんです宿命だ
授業も終わり、ホームルームも終わって学校が終わった。
科は結局こなかった。
罰を恐れてなのか、自分のしたことへの罪悪感か、逃げ延びるために休んだだけか。
もしかすると遅刻(今来ても遅刻、どころではないが)なんていう平和な理由かもしれない。
ともあれ、科は今のところ来ていない。
「しーき」
紀伊が鞄を背の後ろで持ちつつ、机に突っ伏していた指揮の顔を覗く、という彼女然とした態度で声をかけてきた。
刹那。
クラスの男子の怨念が痛いくらいに伝わってきた。
『これがクリスマス効果……ッ!?!?』
「いやいやいや! どうせクリスマスが終われば自然消滅に決まってんだろ! へっ!」
とかいう会話が耳に飛び込んできて、俯き、寝たくなる。
因みにクリスマスまであと二週間だ。
「お前さあ……俺以外の男子にはこういうことってやってねーの?」
「……んーそういえば、自分から喋りに行くこともないね」
「……なるほど」
指揮は軽く、しかし、心の中では深海を突き抜け、マントルを突破し、ブラジル付近まで行く勢いで深く頷いた。
この怨念はvip待遇な指揮に対する嫉妬の雨だ。
スコール、と言ってもいい。
傘を差した程度では防ぎきれない。
「何? その意味深な「なるほど」は?」
「いや。鈍感で天然な子には何言ってもわかんないと思うから」
「……嫌なこと言うなー指揮は」
むすっとして机に一角に腰をかける紀伊。
机に顔をつけていた指揮の視界には制服越しに紀伊の形のいい尻が見えた。
「……」
何となく、目を逸らしたり頭を上げるのは『男』が『女』に生涯敵わないという宿命を負わされるのではないだろうか? という気分になったので意識せずにそのままでいる。
自分でもよくわからない考えだった。
あまり意識せずに壁だと思う事にした。
こんな壁があったら、猥褻物建築罪とかで捕まるかもしれない。そんな法律はないだろうが。
「この変態!」
ビシッと飛んでくる叱責の声に指揮はビクッと首を竦める。
視界は外さない。変な意地がある。
「紀伊の尻ばっかり見て……ホントにそんな男がいいの?」
と紀伊の友達が言うのを聞いて、指揮は顔をようやく上げる。
「別に鈴野が見せてきたから見ないと逆に失礼極まりないとか思って」
と唇を尖らせる。
自分でもあり得ない言い訳だと思う。
「ふぇ!?」
と紀伊が顔を指揮の方に向けて顔を真っ赤にする。
「見てたの?」
「いやいやいや! そうではなくて! 鈴野が腰かけるから」
「じゃあなんで顔を上げないのよ」
と鈴野の友達が揚げ足を取るかのように言う。
「何でって……」
そんなことを言われても困る。
宿命のため、としか答えられない。
しかもそんなことを冗談も言い合えないクラスメート(しかも女子)にそんなことを言えば一瞬で変人扱いされてしまう。
「でも、まあ紀伊の魅力の一つに気づいたってことにしといて上げましょうか」
「そうだよね! だって紀伊の彼氏だもんねー。別にセクハラってこともないしー」
紀伊の友達二人の会話に指揮が違和感を覚え、意味を理解したその時。
クラスメートが沸き起こった。
「て、テメエ!? 大人しい顔しやがって彼氏だあ!?」
「紀伊は俺が狙ってたんだぞゴラア!」
「え? ちょっ何時からよ!?」
そんな言葉に紀伊の友達が一々律儀に答えていく。
「別に顔は関係ないでしょ」
「はいはい。残念賞ー。なんなら私と付き合ってみる?」
「えー今日の八時くらい?」
何かを勘違いしていることは確かだった。
「え!? ちょっと待て! 俺達は友達――」
「俺はお前を信じてたのに!」
と、トイレから帰ってきた元那が指揮の後頭部を平手で叩いた。
「いてえ!?」
そう喚くと同時に紀伊が指揮の手を取った。
周囲は更に興奮する。
「きゃー紀伊ってば大胆ー」
なんて黄色い声もクラスを蹂躙する。
紀伊はそれらを無視して指揮に笑いかけた。
「行こっ」
「は? どこに?」
「どっか騒がしくないところ」
紀伊の手にはしっかり指揮の鞄が握られていた。