侵入者
指揮は翌日七時に三丁目に足を踏み入れていた。
七時には姫は起きていない。
それは指揮がよく知っていた。
昨日買った業務用の分厚い革のウエストポーチを腰に巻いている。
中にはナイフとマイナスドライバー、ガムテープと麻の縄、そして塗り薬と血止めのクリームが入っていた。
角を曲がると大きな白い門が見えた。
「でっけえ……」
レンガ造りの屋敷は『3LDK』などでは収まらない。
学校の棟ほどある。
目の前に広がる庭は学校のグランドの半分ほど。
「んじゃ、手始めにぶち壊させてもらうか」
指揮は門の前まで来て、鉄棒を筒に入れて閉ざすタイプの門を見る。
閉じられた門を更に固く閉ざしている錠前を指揮の能力を使い、筒を接着させている根元から捻り切る。
からん、と乾いた音を立てて鉄棒を突っ込んでいる筒が落ちて、回った。
「ふう……」
周りを一度見回して溜息を吐く。
門に力を入れて押し開けていく。
今回侵入する目的は偵察。
自分の能力をフルに使う為には事前準備が必要である。
指揮は集団相手に戦う方法など思いつかないが、一つだけいい情報があった。
『聖騎士は六人構成で、能力者――言わば陰のメンバーはたった二人』
村井貴一と倉品宗次。
「この二人だけでも潰さないと、何も出来ねえ……」
何とかしないと、と指揮はよく手入れされている花々を視界の端に収めながら歩く。
どうする?
どうすれば集団に勝てる?
屋敷を一気に潰すくらいしか勝つ方法などないが、指揮の力じゃ出来ない。
胸が痛み、真っ暗な未来が心を押し潰しそうになる。
味方を増やさないと、と搾り出すかのように考えた。
でも、どうやって?
指揮に活用などできる筈がない。
指揮は指揮官などになれる資質が圧倒的に足りない。
危機に晒す事ができず、対処すらできない。
甘く、愚か。
「こんな人間に味方が出来たとして……」
出来たとして何になる?
十字団以上の戦力が現れるなら、リーダーなど要らないだろう。
圧倒的な物量で押し潰せる。
しかし、現実問題そこまでの味方を即日で作り上げれるとは思えない。
力を上手く利用し、数倍の力を生み出すようなリーダーが必要だ。
十字団のリーダー神村駆流よりも、信頼があり、集団を操れる人物――。
そんな人間居る筈がない。
指揮は目の前が暗く塗り潰されていくのが分かる。
何度目だ。一瞬そんな事を考える。
夜の間、ずっと考えていた。
一筋の光明さえ見当たらない。
科さえ取り戻せればいいのではないか、そんな考えが思い浮かぶ始末だ。
姫と鈴野と科で逃げる。
そんな妄想に逃げそうにもなった。
戦力は絶望的。
縋れる希望などない。
指先一つで倒れそうになる痩せ細った精神状態。
「それでも、科は俺が……」
殆ど強迫観念に近い思いを抱き、壊れそうな精神のまま、固い決意を言葉にする。
「神村駆流は俺がぶん殴らねえと」
指揮は玄関ドアを開けて、中へと入る。
目の前には大きな神村の写真が額に入って飾ってあった。
「カルト宗教……か……」