カルト
スチール製のドアを神村は開ける。
聖騎士の一人の財力で作り上げた少し広い程度の研究室で、つい最近十字団に入ってきた信徒が研究者だと言うのでCN4を調べさせていたのだ。
超能力者を絶滅させるガス――流石に信じられない。
「あ、神村さん」
無精ひげに目元が鋭い熊田隆という男はそう言い、神村に手招きをする。
透明な薄いテーブルの上にはモルモットのラットが透明なケースの中に居た。
下には板が敷いてある。
ラットより少し離れた場所に金属製の箱があった。茶色の粉末が入ってある。
「コイツは超能力ラットです」
「超能力ラット?」
神村の訝しげな声に熊田は嬉しそうに頷く。
「ええ。見てくださいコレを」
興奮を抑えきれないというような感じで二枚の写真をテーブルから引っ張り、見せる。
赤黒い油を拡大したかのような写真、そして横に様々な数値が書かれていた。
神村はその二つを見比べ、首を捻る。
二つが完璧に一致していることはわかるのだが……。
「この数値だけは違うんじゃないか?」
「ええ。多分超能力の変化はこの未知の――仮の名を『ダイ』とでもしましょうか。まあそのダイが、関係してるんじゃないかと思いますね」
「で、コイツの能力は?」
「微弱な念動力です」
ラットだからそんなものか、と神村は思う。
「動画を撮ったんで見ますか?」
熊田が神村の方を見てそう言った瞬間、箱が動いた。
「あ……」
ラットは近くに寄らせた箱からエサをパクパク食べる。
熊田をそれを見て、笑んだ。
「あ、動いてますね。見ました?」
「ああ」
頷く。
「んじゃ殺しちゃいましょう」
熊田は棚の方に向かい、ピンク色のガスが入っている瓶と、ガスマスクを持ってきた。
「超能力者以外には効かないんだろ?」
「そんなの向こうが言っている事でしょう? そう簡単に信じちゃいけませんよ。それに、信じ切っていないから研究所なんて作らせたんでしょう?」
ガスマスクを押し付け、被る手順を指導して貰いながら装着する。
「コレでいいか?」
「はい」
熊田はそう言い瓶の蓋を取り、ケースの中へ躊躇なく投げ入れる。
ガスはケース内に充満し、ピンクが満ちた。
数十秒の間、視界がピンクとなり辺りが見えにくくなるが、ラットが苦しみのたうつのが見える。
「本物……ってことか」
「ええ。そのようですね」
◆◆◆◆◆◆◆
村井が自ら営んでいる寿司屋『住持』に神村は来店した。
神村は辺りを見渡し、眉を顰める。
「清清しいくらいに誰も居ないな」
村井はその言葉を聞き流したかのように、疑問を投げかける。
「……あのままあの少年を帰してよかったんですか? ……あれは油断ならない」
険のある言い方をする村井に神村は不気味に笑って、真正面の席を陣取る。
「わさび多めのマグロと大トロ」
注文を受け付け、シャリを握りわさびを付けてマグロを乗っける。
その一連の動作を見ていた神村は口を開く。
「今の科、どう思う?」
「……科?」
大トロを握り、訊く。
「腑抜けているとは思わないか? 心が揺れ動いている」
「……まさか、大船指揮を呼んだのは決起集会時に殺して科をコチラに完全に呼び戻す為に?」
板に載せて神村に出す。
神村は醤油を入れ終わった小皿に寿司を浸し、食べる。
「半分正解。半分はアイツが純粋に面白い」
「……面白い……?」
「ああ、あの心と能力で戦闘のプロであるお前や殺しの常習犯を相手に生き残り続けている。そして尚、歩みを止めていない」
ま、悩みや葛藤はあるんだろうけどな、と神村は言う。
「アイツは俺の、十字団の飛翔への踏み台だ」
神村は不気味に、指揮に畏敬の念すら浮かべた。
「……アイツをそれほどまでに評価してると……?」
「貴一だって評価しているからこそ、俺に進言してきたんだろ?」
お見通しだと言わんばかりの態度で目線を配る。
黙って寿司を握り続ける村井には無言の肯定だけがあった。
「CN4のお披露目には相応しい相手だ。アイツを殺して俺たちは一気にガスを使って殺し尽くす」
「……意見は変わらないのでしょうか? ……須藤姫や鈴野紀伊、幽霊では駄目なのですか?」
神村はふっと鼻で笑う。
「須藤、鈴野。能力に優れているだけだ。踏み台はそれだけでは足りない。それに、幽霊はどこに居るのかも分からん」
勝ち誇ったかのように言う。
「それでCN4だ。お前も覚悟は出来てるな?」
村井は静かに頷いた。
超能力者の彼が。