微笑む
「指揮。何か食べさせてーコンビニコンビニ」
コンビニを指し示し、腹が減ったとアピールする姫。
鈴野から無事だという旨の返事が来たので、機嫌のいい指揮は諦観の念を込めて言う。
「お前……さっきまであんなんだったのに……」
(あの乙女な反応、今思い出すと可愛かったのにな。まあ、姫だし仕方ねえけど)
姫の要求に従い近くのコンビニでお菓子を買う。
「やっぱりお菓子と言ったらチョコだよな」
「えー?」
そんな適当な会話をしながら家路に着いた。
◆◆◆◆◆◆◆
一方その頃。
鈴野紀伊はドラマを見ていた。
そして、今日の科との会話を思い出す。
科は廊下を歩いていく。
紀伊は異様な空気の集会から抜け出れた喜びと目の前の敵の目的を考えながら歩く。
やがて、階段まで来ると科は口を開いた。
「なあ、指揮は学校じゃどんな様子だ?」
「へ?」
集会を途中で抜け出したと思ったら何? と紀伊は思わず首を傾げる。
「だから、どんな様子なんだ? 指揮と今一番深く関わってるだろ。それと、お前の能力も教えて欲しい」
そのセリフに紀伊はふっと笑う。
「気になるんだ?」
「……それなりにはな」
曖昧に否定しようとするその声が痛々しく感じたが、紀伊にはどうする事も出来ない。
心の問題は紀伊のような他人には触れる事さえ叶わないのだから。
「指揮は、指揮のままだと思う」
「指揮は指揮のまま……」
難しい顔をして、呟く。
「お前の能力は?」
「私にも質問させて」
紀伊に科は静かに頷く。
「訊くけど……何で遊園地で指揮を見つけれたの?」
紀伊の眼差しに科は首を振る。
「知らない」
「答えられない、じゃなくて?」
紀伊の疑り深い視線に科はまたしても首を振る。
「本当に知らねえんだって」
科はそれから、何かを計算するような目になって言う。
「もしかしたら、貴一が尾行してたのかもな。俺と指揮の関係を絶ちたがってたみたいだし」
「光山のために……?」
「いや、十字団の為だろうな」
答えてから、科は視線を飛ばす。
その視線の意味を受けて、紀伊は喋る。
「私の能力は『人を操る能力』」
「予想通りか」
科は面白くなさそうな声色で納得する。
「面白くなくて悪かったね」
「誰もそんなことは言ってない」
冷たい科の言葉。
そして、何かの考えに至ったのか再度尋ねた。
「記憶まで覗けるのか?」
「何でそれを……?」
紀伊は驚き、目を見開く。
「お前らが何の情報もなしにココに訪れるわけがないだろ。だったら能力しか道を拓けるものはない」
「それは分からないよ?」
紀伊の挑戦的なセリフ。
科は用は済んだとばかりに言う。
「それじゃあお前はもう帰れ」
「指揮を待たないと……」
心配が形となって現れたかのような表情をする紀伊を見て科は平淡な声を発す。
「指揮は大丈夫だから帰れ。お前が居ても役に立たない。それどころか指揮の足手まといになる」
「そんな! あなたを止めたのだって私だし――」
「死闘を幾度も潜った指揮と死闘を一度も経験したことない人間の差は大きい。悪い事は言わないから帰れ」
冷たく、現実を突きつけるかのような声色に紀伊は底知れぬ恐怖を感じた。
死闘などという言葉が出てくる現実に、指揮は居る。
潜り抜けて、ココに居る。
一歩間違えれば死んでいた、その事実に紀伊は震えた。
科は紀伊を特筆すべき点はない素の表情のまま見やる。
「今の状態を見れば戦闘には発展しないだろうけどな」
「何で、指揮を……私達を生かしてるの?」
紀伊の今更な問いに科は無責任に言う。
「分からない。駆流には何か考えがあるんだろうけど……」
科は分からない事だらけの状態に嫌気が差したのか、踵を返した。
「じゃあな。帰れよ」
紀伊は階段を駆け下り、やがて止まる。
帰る気はなかった。
そこで、ケータイの音がなった。
昨日の思い出は掻き消え、ケータイのディスプレイを見て誰から来たのか確認する。
待ち望んだメールが届いていた。
無事を報告するものだ。
「あ……」
ケータイがもう一度なる。
「意味、なかったなあ……」
紀伊は嬉しそうに、にんまりと微笑みながら呟いた。