存在証明
「……鈴野の奴、大丈夫かな」
十字団のメンバーは車で来ているらしく、そのまま帰宅。
指揮と姫(気絶、というか睡眠中)は電車内で身体を揺すられていた。
ホームで鈴野にメールを送ってから、帰ってこない。
まあ、地下ですし、と指揮は自分にツッコミを入れる。
身体のダルさが更に重くなった。
「姫」
身体を揺する。
姫は薄目を開けて、周りを見渡してぼやく。
「電車?」
「ああ、電車」
「十字団は? 殺されたと思ったけど……助けてくれたの?」
「助けた、というか、殺す気はなかったみてえだ」
決起集会の事を伝えるか、否か、指揮は自分に問いかける。
殺されるか、殺されないか。
戦闘になるか、ならないか。
それらが分かればいいのだが、この質問もはぐらかされ分からなかった。
不安を煽っているだけとも、殺す気があるとも取れる答え方だ。
警察を呼んでもアレでは意味がない。
「ねえ」
ぽつりと姫が呟いた。
「何だよ?」
「あんたの友だちはどうだった?」
その質問の意味を理解した指揮は、どう答えるべきか迷う。
恐らくは、あの両親の心を見抜いたのだ。
娘のことを思い遣って、あの態度だという事を。
「……科は、まだ余地はあったと思う」
「よかったじゃない」
暗い雰囲気を纏ったまま、言う。
「私は、無理だったわ。あんなの、矯正できる筈がない」
諦めなければ、矯正できるとは思わなかった。
どれ程の努力を積み重ねようが、どれほどの時間をかけようが、あの二人には通じない。
どの言葉が正解なんだろう、指揮はかける言葉がないと知りながらも、考える。
十字団を絶対に潰そうな。俺が居る。あんな人たちは必要ない。頑張れば矯正くらい出来る。あんな親は忘れようぜ。
様々なセリフが浮かぶが、全てが胡散臭くて言えなかった。
「……ねえ。私、どうしたらいいと思う?」
涙混じりの声が指揮に届く。
指揮は驚きながらも、本音が聞けて嬉しく、そして痛々しかった。
「最初は、私を撃ったアイツらが許せなくて一回ぶん殴ってやりたかった。そうすれば、気が晴れると思ったし……」
「目標が、必要だった?」
指揮の引継ぎに、姫は小さく頷く。
「うん。私、それが寝てる間に……ううん。指揮の怒鳴り声を聞いて分かったの」
「起きてたのかよ!?」
「直ぐに寝ちゃったけどね。意識も朦朧としてたし」
小さく、弱々しい笑みを浮かべる。
姫は指揮のセリフで――いや、正確に言えば指揮の声で全てを理解したのだ。
「私は弱かったんだって」
復讐という目標が、生きる何かがないと生きていけなかった。
他人の為に怒ることも、他人の為に親切にする訳でもなく――ただ、自分の為に復讐を胸に生きてきたのだ。
だけど、今の姫には指揮が居た。
その事が、その事実が姫の胸を占めた。
復讐を手放しても、生きていける。
「自然に復讐がどうでもよくなちゃって」
「そっか……」
指揮は安堵したような声を出す。
「そりゃあよかった」
そう言って外を眺める指揮は「もう直ぐ着くな」と小声を漏らす。
「でも、どうすればいいんだろう? 私は、無視して生きていくなんて出来ない」
そう言う姫は、指揮に話す最中に目的が――やりたいことが明確になっていく事を感じていた。
指揮が隣に居るだけで、自分の事が鮮明になっていく、その事実を確かに感じながら言う。
「両親と決着を付けないといけない」
指揮を真っ直ぐに見て、言う。
「指揮は、どうするわけ?」
狂気が、怖い。
あの雰囲気が怖すぎる。
十字団が、怖い。
肌が粟立った。
絶対的に自分とは違う思考回路を持っていることも分かった。
あれは、一学生が首を突っ込んでいいものじゃない。
だけど、指揮は拳を握り締める。
「ああ。俺も、科と決着を着ける。十字団を、止める」
ぶん殴ってでも、改心させてやる。
逃げ回って、殺される人生なんて誰が歩んでやるか。
「俺の存在を、認めさせてやる」
逃げるなんて、してやるかよ。
その時、姫が心配そうな顔で言った。
「指揮……あの、無理はしないでよ」
「は?」
指揮は思わず姫の表情をマジマジと見てしまう。
姫は何よ、と顔を赤らめそっぽを向いた。
(何だこの乙女な反応は……?)
指揮は一種のホラーか? と姫を確認するが、どうもそうではないらしい。
「ま、元から優しかった感はあるし……変では、ない、のか。な?」
「何で疑問系なのよ?」
姫は怒り顔でそう言う。
「いえ、別に。あ、それよりも着いたみたいだぞ~?」
「何話逸らしてんのよー!!」