異常2
指揮は、後ろを振り向いて訊く。
「何言ってんだ? あんたらの娘だろ?」
二人は悲しげで、憂鬱な表情をする。
「大切だからこそ、だよ」
異常さに、指揮は言葉を失う。
「ええ。あなたみたいな超能力者にはわからないかも知れないけどね」
そう言って、二人は帰ろうと後ろを向く。
指揮は噛み殺すような勢いで叫ぶ。
「ふざ、けんなアアアアああ!!! テメエら何見限ってんだよ!! 大切なら『殺す』なんて安易な方法選んでんじゃねえぞ!!」
村井が指揮の肩を力強く押さえる。
両親は、指揮を凍えるような視線で睨みつけ、悔しそうに歩き去っていく。
口から怒りの念が噴出し、両親を焼ければいいのにとさえ思う。
無言のまま、村井の手を乱暴に外す。
諦めて、座り直した。
(もう、壊れ切ってる)
指揮は陰鬱な表情のまま、思う。
手遅れだ。
神村は特に何も思っていない表情で、言う。
「で。質問は?」
敵意に溢れる視線を飛ばしながらも、訊く。
「何で十字団に超能力者が居るんだ?」
「強力な超能力者が居た場合、常人が勝てる訳がないからな。保険だよ。コイツらの存在は十字士も知らない」
理念に則って、理念を犯している。
「次の質問だ」
質問を重ね続ける。
「あの、女の子が爆死したやつ……お前らの差し金か?」
「須藤夫妻に取りに行かせたヤツか……」
神村は宿題の内容を話す学生のように特別な情も浮かべない。
「そうだな。指揮、お前のことが気になったからな。隠し撮りを依頼してた」
指揮は唇を噛み締めた。
間接的にでも自分自身が関わっていた事実にショックを受けたのだ。
「……何で、それを止めて爆弾の跡に突っ込んでった?」
「知らない。ただ、超能力者を憎んで、新聞でそれを知っていたなら普通はどうする?」
「顔も知らない爆弾魔を殺しに行ったって事か?」
「もしくは、ただ激情して後先考えずに突っ込んで行ったか」
面倒くさそうに、結論を付けた。
「ま、どっちかだろ」
指揮は頭の中を整理し、更に訊く。
「十字団の構成人数は?」
「何人だっけ?」
神村は村井に聞く。
「はい、日本に千七百二十三人。アメリカに七百人。中国に六百五十八人……」
「あーそういうのは良いから。世界で何人くらい居る訳? 俺も気になってきた」
指揮は次の質問が浮かんだと同時に、余りの多さに空寒く感じる。
「約三千人ってところです」
「三千人……?」
「へえ」
と神村は嬉しそうに言う。
「結構多いじゃん」
「次の質問。誰が十字団を経営してるんだ?」
「聖騎士の河内。大手の社長だからな」
神村は即座に答える。
「十字団を抜けた人は?」
「居ない」
「一人も?」
「居たら殺すだけだからな」
神村の何でもないようなセリフに指揮は怒りではなく、血液が凍るような怖気を覚える。
「洗脳が解けた人は?」
指揮は若干の希望を載せながら、祈りにも似た声で訊いた。
「居ない。コレは真実証明、一人もだ」
指揮の希望を斬って捨てるような声。
少し、落胆する。
洗脳が簡単には解けない事くらい知っている。
苛められた学生が人に簡単に気を許さないのとは訳が違う。
部外者に気を許さないように調教されているのだ。
指揮は幾つかの質問をした後、訊いた。
「駅前で十字団の奴が募金活動を行ってたらしいけど、何か製造するんだ?」
神村は楽しそうに声を上げて笑った。
指揮の目が自然に細くなる。
神村は手を振った。
「いや、警戒しなくてもいい。そうか……指揮まで知ってたか。そうだな、それは見てのお楽しみだな」
指揮は約束と違うと思いながらも諦めていた。
敵が都合の悪い部分を話す筈がない。
有益な情報はもう掴めないと分かると、指揮は心の奥で封をしていた『帰りたい』という願望が心を満たし、口を開かせた。
「もういい。帰らせてくれ」
神村は手を挙げた。
「じゃあ、三日後の午前一〇時に」
一度言葉を切る。
不敵で挑戦的な瞳。
ライバルに向ける類の純粋な『対決』を促す瞳。
「俺を止めに来い。大船指揮」
その時。
得体の知れない想像が指揮の体内を蹂躙した。
負ければ、世界中の超能力者が死ぬ。
いや、もっと酷い事にすらなると想像の向こうに居る靄がそれを伝えてくる。
なぜそのような想像をしてしまったのか、と指揮は考える前に答えに辿り着いていた。
神村の瞳に宿っている底知れぬ『何か』のせい。
指揮は姫を担ぐ。
「お前が誰かを殺し続けるってんなら……」
その底知れぬ眼光を睨む。
「絶対に止めてみせる」