異常
付いて来てくれと言われて来た場所は地下一階にあるレストランらしい。
村井と夫婦と思しき男女ともう一人の目つきの悪い青年が付いて来る。
ココは、エレベーターの中。
姫は指揮が背負っている。
甘い匂いやら、コートの下から柔らかい肌を感じるが、指揮はそれらに対応している余裕はなかった。
ココで襲われたら、姫も指揮も殺されてしまう事は間違いない。
殺す事が目的ではないと思いながらも、それは心から拭い取れない。
「神村、コイツら誰だよ?」
「村井は指揮も知ってるな? お前が打ち勝った村井貴一。そこの夫婦が須藤姫の両親。そして、目つきの悪い男は倉品宗次」
「両親……」
指揮は、呟く。
コイツらが、姫の復讐の対象。
いや、多分姫は本気で復讐しようとしている訳ではない。
心が壊れるのを察知して、復讐という『目標』を持ち、当面の精神の安定を図っているだけだ。
暮らしてみて、そういう仮説が出来た。
生涯の目標があれば、姫は――。
姫の横顔を見て、指揮は考える。
今は、姫を護らなくてはならない。
姫の味方は、この場には居ないのだから誰にも預けれないし、手放す事も出来ない。
エレベーターの扉が開き、そこから伸びる廊下を歩く。
そして、さっきから訊こうと思っていた事を神村に訊いた。
「鈴野は? 鈴野紀伊」
「ああ。警察に電話した子か……その子は確か、集会が終わったと同時に科とどこかへ行ったけど」
「科? 何で?」
神村には思い当たる節がなかったのか、首を振る。
「さあ? まあでも心配はないだろうな」
適当だな、と指揮は思わず呆れる。
「そういう風になってある。それ故に指揮が興味深い訳だけどな」
「俺が?」
「指揮と、科の二人がな」
食堂のような場所に出て、白く大きなテーブルへと神村は座った。
「ほら、指揮も座れよ」
まるで友だち感覚だ。
指揮は黙り、隣席に姫もゆっくりと降ろし、隣に座る。
全員黙って指揮の後ろへ付く。
殺気のようなモノを背中に感じながらも、指揮はそれを無視する。
目の前の人間がこの場の『支配権』を持っているのだ。
あの雰囲気も、この殺伐とした空気も、この男が操っている。
神村だけに集中するべきだと分かっていた。
「何か食べるか?」
「食わねえよ。それよりも早く用件を言え。科を解放してくれんのか?」
自分でも攻撃的な声だとは分かるが、抑えようがない敵意が声の端々に行き渡る。
「科は道端に捨てられたところ拾ったあの日から俺の息子だ。誰にも渡す気はないな」
「お母さんかよ」
軽口を叩く。
後ろから小さな笑い声を聞こえ、鈍い音が響いた。
後ろを見ると、倉品宗次という人が笑い、村井が殴ったという状況らしい事がわかった。
「あの二人は凸凹コンビだから、まあ気にしなくてもいい。それよりも――」
神村は挑発するかのように、唇の端を吊り上げて言う。
「次の決起集会に来る勇気はあるか?」
指揮は目を瞬いた。
「決起、集会?」
何だそれは? と指揮は目を丸くする。
「そう。そこに来れば分かる。三丁目の大きな屋敷があるだろ。あそこで行われる。来るか?」
「俺なんか呼んで、どうするんだよ?」
指揮は思わず確認する。
「そうだな、褒美くらいないとな……」
神村は特に悩んでもいなさそうな顔で唸る。
「じゃあ、俺に何でも質問していい。何が聞きたい?」
「俺が訊くだけ聞いて、行かなかったらどうするんだよ?」
警戒心剥き出しの声に神村は軽く笑う。
「科が手元に居る限りは絶対に来るだろ? 今日、ココに来たのがいい例だ」
コレは、サービスだと考えてもらって構わないと神村は言う。
指揮は、神村のその態度にムカつきを感じながらも考える。
「あ、須藤たちはもう帰ってくれ。込み入った話になるかもしれないし」
姫の母親は頭を下げて、言った。
「あの、姫を楽に殺してあげて下さい」
は? と指揮は全身に冷や水を浴びせ掛けられたように固まり、脳髄が搾り取られたような感覚に陥る。
「は? 楽に、殺す……?」