ケンカ2
指揮と科は激突した。
科はコンパクトに拳を突き出す。
「なっ!?」
指揮は思わず声を上げる。
今までのどの敵よりも速い。
顔面をはね付けるに殴られ、首が大きく曲がる。
「か……っ!?」
手首を掴もうと腕を伸ばすが、拳を脇の方に収納された。
プロボクサーのような手際の良さだ。
更に脇に拳を当てる。
「くっ!?」
指揮は身体を捻るようにして、拳の威力を抑えることに成功する。
成功……?
そこで指揮は疑念を抱いた。
指揮の運動能力は高いが、クラスで一番という訳ではない。
プロに『戦い』で敵う筈がないのだ。
「お前……拳で戦った事ねえのか? それとも、他に理由が……?」
指揮の言葉に科は頷く。
「俺はナイフでの戦いを教えられてきたからな。拳で戦うなんて想定してなかったんだよ。何でわかった?」
「何でって、パンチの威力が低いし、威力の軽減に成功したからな。ケンカなんて殆どしたことない素人にプロが、いやアマチュアボクサーでもそんなパンチは打たないと思ってよ」
科はなるほどな、と唇の端を少し上げて微笑む。
「強くなったんだな。お前は……」
指揮は、拳を構える。
「俺の、全力を見せてやる」
「かかってこい。ケンカの仕方はわかんねえけど、俺が戦闘の『せ』の字も知らねえ指揮に負ける筈ねえからな」
指揮は笑って、科の懐に踏み込んだ。
「甘めえ!」
科は裏拳で指揮の肩を狙ってきた。突如、手首が曲がる。
「なっ!?」
驚愕する科の手首を左拳ではね付けると、右拳で科の胸板を叩いた。
「指揮……っ!?」
科は、指揮を見て訴えるように言う。
「能力アリかよ……?」
「自分のチカラだけって言ったろ?」
「とことん指揮に有利って訳かよ」
汚ねえ、と科は吐き捨てる。
「能力は俺の一部だ。科が一番よく分かってんだろ」
指揮は科を睨みつけて言う。
能力、コレが全ての元凶なのだ。
コレを使って指揮は決着をつける。
「ああ、そうだな。能力とお前は一心同体だ。続けよう」
科は胸を擦りながら言う。
殺意は、ない。
ただ二人とも、何かに対して決着をつけようとしている雰囲気だけはあった。
「おおおおおおおおおおおおッ!!」
指揮と科は同時に叫び、拳を飛ばす。
科の腕が勝手に真上へ飛んだ。
さっき喋っている時にかけた指揮の能力――スプーン曲げで肘を曲げたのだ。
連動している拳の威力が極端に下がり、指揮の拳に弾き飛ばされてしまう。
「くそ……っ!!」
頬へと拳が打たれるが、完全にヒットした感触はない。
科は急な出来事にも冷静に対応し、首を振って威力を軽減したのだ。
指揮は腕が折れる前に意識を手放す。
同時に蹴りを腰に放った。
科は腕が解放されたことに気を取られ、蹴りがマトモに入ってしまう。
指揮が足を振り戻そうと力を込めた瞬間。
その瞬間を逃さずに科は足を両手で掴んだ。両腕を大きく振る。
「らあっ!!」
いっ!? 指揮は叫び、あらぬ方向へ飛んだ。
空気に乗っているかのような浮遊感が身体を包み、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。
何度も転がり、腕の皮が捲れてしまう。
「いってえ~」
肘の皮が捲れていることを確認しながら起き上がろうとした瞬間、目の前に迫る科を見た。
「や、べ……っ!?」
まるでサッカーボールに蹴りを放つかのような勢いで、指揮を顔面めがけて蹴り上げた。
避けれない。なら、何をするべきか?
一瞬で指揮の思考が回転する。
指揮は科の真横に生えている木を見ながら、腕を交錯させた。
「が……っ!?」
蹴りの衝撃が腕から、肩へと伝わりやがて骨を響かせた。
明確に、思い出す。
能力の使用条件。
明細な思い出は、見続けている事と、同義だ。
「折れ曲がれ!!」
指揮の叫びに科はびくっと肩を震わせた。
今度はどこが折れ曲がるんだ、という恐怖だ。
科の横へ生えている木の枝が勢いよく折れ曲がり、科の顔面を叩いた。
「うっ!?」
指揮はそれを見逃さない。
片手を地面につけ、足首に蹴りを放った。
予想以上に硬い足首に指揮は動揺する。
(コレが、長年の殺しの『訓練』の成果か……!?)
「……いって」
科は少し顔を歪め、足を振り下ろした。
狙いは指揮に脚。
脚を素早く引いて、全身の神経を使って起き上がる。
目の前の史上最強の強敵を、どう倒すか算段を立てようとした。
その時。
科は感心したように言った。
「コレだけやれば確かに貴一さんも負けるかもな」
「貴一……?」
「村井だ。村井貴一」
「ああ、アイツか……強かったな」
科は世間話でもするかのように言う。
「トラックを使っても、逃げるのが精一杯って言ってたから本当かと思ってたけど」
それから、確認するように言った。
「指揮は、十字団を潰すつもりか?」
科の唐突な問いかけに思考が止まる。
十字団との対決は何度も考えていた。
でもそれは、指揮自身が十字団を潰すという考えじゃない。
漠然とした人生目標のようなものだった。
何をどう使うか。
どういった道を進みたいか。
自分の人生の影響は?
そんな重要なことは余白だったことに今更気づく。
「潰す……考えたこともねえな」
その答えに科の瞳孔が驚いたように開いた。
「考えてない……? なら、何でココに来たんだ?」
指揮は科のセリフを噛み締め、自分で辿り着いた答えを告げる。
「科を今ココでぶっ飛ばして、連れ帰って事情を全部話させる為だ」
科は驚きに染まった顔で指揮を見た。指揮は科の腕を見る。
科は何と言っていいか、分からないような苦い表情を浮かべた。
何かを噛み締めるように、尊敬の念すら込めて呟く。
「本当に、強くなったみたいだな」