クラッシュ
「皆居なくなったことだし、ケンカしようか?」
指揮は不敵に微笑みながら言う。
「ケンカなんてする必要はない。今ここでお前を殺せばすむ話だ」
「逃げんのか?」
指揮の挑発に科の表情がふっと緩む。
まるで、トランプの時のように。
「……ケンカ、か。そういえば一回もやった事がないな」
「だろ? 俺もねえよ。やったのは死闘だけだな」
「俺は……殺し合い、か」
その言葉に、指揮は反応する。
「何度だ?」
「お前と、あの黒コートの奴の二回だけ」
「じゃあ、まだ一度も殺してないんだな?」
指揮の念を押す確認のセリフに科は恥じるような、安堵するような顔をして軽く頷いた。
「ああ」
よかった、と指揮は一息吐く。
まだ、戻れる。
「ルールは自分のチカラだけってだけな」
「いいぞそれで」
指揮は、黒く微笑み、吼えた。
「勝負だ!!」
「来いよ!!」
◆◆◆◆◆◆◆
ホールにはすでに誰も居なかった。
『宇都ボランティア団体』の名義での第一会議室を貸切状態にしていた。
他の団体は居ない。
実質の貸切状態だ。
受付嬢に何か言われたが、無視した。
「会議室に行ってみよう」
そう言って姫は第一会議室に能力を行使して駆け出した。
その後来た鈴野は受付嬢に能力を行使して姫の足取りを追い、第一会議室へと急いだ。
◆◆◆◆◆◆◆
姫は第一会議室へと走った。
扉を開け放ち、周りを見渡す。
座席が九×九づつ並んでおり、その後ろでパソコンに繋がれたビデオカメラを操作していた人が二人居た。
恐らく、ココに来れない十字士達の為のモノだろう。
スーツを着込んだ姫の父親と毛布のようなジャンパーを着た母親はビデオカメラから顔を背け、さっき開け放たれたドアを見る。
両親が息を呑んだ声が怖気を纏って姫の耳朶を打つ。
「アンタら……ッ!!?」
姫は引き攣るような怒声を上げる。
姫の両親は悲しげな瞳を姫に向け、言った。
「何でまだ生きているの?」
「聖騎士様は殺されなかったのかい?」
姫は、これ以上傷つけようもない心を更に殴られたような感覚がして、吐きそうになる。
脳みそが、溶けて熱される感覚。
「お前ら二人を殴り飛ばすまで死ねる訳ないでしょうが!!」
二人は悲しげにお互いを見合す。
父親が言った。
「やはり超能力者に産まれて来ると乱暴になるんだね」
「ええ。全部、私が悪いの。超能力なんて、持って産まれさせたから……」
後悔に塗れた二人の声音に姫は声を荒げる。
「ふざけないでよ!! 二人が、親のくせに私に発砲して家から追い出した――アンタらが言うなあ!!」
十字団が心底、憎い。
殺したい。ぶち壊して、幸せに暮らしたい。
指揮の顔が思い浮かぶ。
もう、両親なんて要らない。
ぶん殴って、リーダーと共に鉄格子の中に入れてやる。
拳を血が滲むくらいにきつく握り締めた。
殴り飛ばそうと、足を踏み出した瞬間、父親が俯き言う。
「このままじゃ幸せになれないんだ。姫は」
父親のコチラを気遣うような声音に姫は止まってしまう。
「何を……?」
母親が言う。
「超能力者なんて、絶対に嫌でしょ? 今、殺してあげるからね」
優しい、声。
自分の言っていることが、微塵も間違っていないと確信しているかのような声音。
本物の娘に向ける慈愛に満ちた表情。
間違いなく、それは娘の幸せを考えた親の表情だった。
「な、んで……」
考え方が根本的に違うことを今、知った。
歪んでいる。
コチラから見ても、アチラから見ても。
どちら方から見ても両方の考えは歪んでいるのだ。
超能力者でも幸せになれるという考え方と、超能力者では幸せになれないという考え方。
互いに食い違いっていて、交わり、理解する事は――生涯ない。
「……うそ」
どれ程、今日を待ち望んでいたのかしれない。
だけど、完全な悪ではないことを理解してしまった瞬間、姫の瞳から涙が流れ、零れ落ちた。
「やっぱり、ショックだったんだね。超能力者に産まれて……」
父親が陰鬱たる表情で姫を見る。
その瞳にはやはり強い慈愛の色が見られ、それがまたショックを生む。
「ごめん、なさい……超能力者なんてものを付けてしまって……」
泣き、声を籠らせながら言う。
「美紀のせいじゃないさ。全部、超能力が悪いんだ……」
「う、あ……」
姫は、両親の歪んだ姿を見て心が跡形もなく散りそうになる。
(何で、何で何で何で!!?)
「違う!! 私は超能力者でも幸せよ!」
理解して欲しくて、叶わない願いだと理解しながらも叫ぶ。
「泣いているのに?」
「そうよ。能力があるから、私達は……」
指揮の顔が浮かび、必死に踏ん張ろうとする。
怖気が身体中を走り回り、汗を噴出させていく。
内なる自分が、もう少しこの場に居ただけで心が粉々になるぞ、と訴えかけてくる。
「私は、幸せになれる!!!」
つらい事実を教える医者のように苦渋を滲ませた顔で、父親は言う。
「無理だよ。幸せになんて、なれない」
ついに、心の踏ん張りがきかなくなった。
恐ろしい悪魔から逃げるかのように姫は咄嗟に逃げた。
これで逃げたのは二度目だった。