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回復の兆し

 指揮は玄関に引っ越して来た時からくっついていた鏡の前で眠たそうな眼をしている事に気づいた。

 歳相応の顔にはニキビが一つできていた。

「ちょっぴりショックだ……」

 あれから眠る事が出来ずに夜が明けてしまった。

 証拠に今の時間は朝七時三十五分。

 何時もならまだ寝ている時間だ。

 指揮は学校に行く為に靴を履く。

 学校へ行くには理由が三つある。

 まずやっぱり信じられないから。何か理由があるのではないかという見苦しい信頼がまだ燻っている。

 もう一つは家に居ても解決策にはならないから。

 そして、鈴野紀伊が心配だからだ。

 最後のが唯一人に褒められる思考だな、と指揮は自嘲する。

 一応、学校で襲われてもいいように防護策として『週間少年ホップ』という雑誌を入れていた。防御方法にもなるし、殴るときっと痛い。

 はあ、と大きく深呼吸する。

 緊張はあまり解けない。

 科の言葉――『十字団』『聖騎士』

 それらの言葉をネットで調べてみたが得られるモノは何一つとしてなかった。

 強いて上げるとすれば『薔薇十字団』に詳しくなった程度だ。

 あとはゲームの『聖騎士物語』。オタク系アニメ『スペクタクル聖騎士』――通称『スペ騎士』などもあった。

 聖地巡礼と称して旅行プランが作られる程に人気のあるアニメ――原作は小説――らしい。

「見てみよっかなあスペ騎士」

 そう呟いたその時、肩に手が置かれた。

「ひうわあッ!!?」

 ビックリして奇声を上げてしまった指揮は手を振り解き、チャイムに頭からぶつかった。

 チャイムは鳴らずに、沈黙を守り、手を置いた人物は不思議そうに言う。

「何驚いてんだお前……」

 倉井元那だった。

 このマンションに家族と住んでいる指揮の友達だ。

「な、何だお前か……」

 ホッと、安堵の吐息を吐いた瞬間、元那は素直に笑った。

「指揮、ビビリ過ぎだろ!! ひうわあっ!? っつてたぞ! ははははははははは!!! おもしれえ!」

「う、うるせえな……」

 指揮はそう言いつつ笑顔を見せる。

 緊張が少し解けた。

 ドアを開けて、チャイムを押す。

 沈黙。

「チャイム壊れてるな」

 指揮はガッカリする。

「いやーあのビビり様は科にも見せてやりたかったな」

 その一言で笑顔が消失して、指揮の雰囲気がガラリと変わった。

 暗く、重い。

「……な、何だよ? 弄られるのそんなに嫌だったか?」

 指揮に変わりように驚き、腫れ物に触るように慎重に元那は言う。

「いや……そうじゃなくて……何でもないよ」

 指揮は少しだけ笑顔見せてその会話を打ち切った。

「ふーん。……でもよ。あのスプーン曲げは凄かったな! 全然種わかんなかったぜ」

「ま、種なんてないんだけどな」

 元那は指揮の顔を少しの間見て、笑んだ。

「嘘吐くなよ。ま、もう教えて貰おうなんて思わねえから安心しろよ」

 だから。

 ないんだって。

 その言葉は多分、届かない。

「種、か……」

 何で能力を持って産まれてきたのか。

 たまにだが考える事がある。

 そして、結局は持っている人は持っているモノ……そう。

(所謂、『才能』なんだろうな……)

 運動神経があるからって悩むスポーツマンが居ないように。

 頭のいいということで悩む秀才が居ないように。

 悩むだけ損な問題だ。

「結局意味なんてないんだよな」

「あん? 何か言ったか?」

「いや、何も言ってない」

「指揮って独り言多いよなあ……」

「う、うるせえなあ……しょうがないだろ。一人暮らししてるとどうしても多くなるんだよ。鼻歌とか……」

「鼻歌? 似合わねえー!」

 この呑気な性格が心底羨ましい。

 なりたいとは思わないが。

 指揮は自分とは対極の人間に、心に未だに大きく残っている暗雲を聞いてもらうことにした。

 期待はしていないが、しかし心の底で吹っ切れるような答えが欲しい、と願いながら口を開く。

「なあ、もしさ……俺がお前を狙ったらどうする?」

「は? 狙う? 何を?」

「だから……んー命、とか……」

「……んー……そうだなあ……」

 以外に考え込んでいるのを見て指揮は以外に思う。

 もっと早くシンプルな答えを返してくると思ったのに。

「何だよその意外そうな顔は」

「あーいや別に?」

「でも、まあ……そうだな……俺だったらぶっ飛ばした後に話を聞くかな」

 何だ。シンプルじゃん、と安心したような残念なような複雑な感情が生まれた。

「あ、そういや何でお前こんな朝はええんだよ」

 元那が今更だけど、と言う。

「いや、たまたま早起きしちゃって。それにお前もだろ?」

 元那は、指揮には聞こえない声で何かを呟いて、言う。

「……俺もたまたま早起きだ」

「ま、ゆったり登校しますか」

 指揮は少しの決意を込めてそう言った。

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