お菓子
集会を明日に控えている日曜日の朝。
指揮は『tinann――食料品売り場』からビニール袋をぶら提げて帰る途中だった。
指揮は姫が起こしても「うーんうるさいなあ」としか言わなかった為、独りなのだ。
……寝姿が可愛かったので、理性を抑える為に逃げて来たとも言う。
心の中で叫ぶ。
(だってあの子寝てる時、服装無防備だしいつもいつも乱れてるし!!)
「つーか下着姿を見られるのはアウトなのに、寝姿晒して、肌を起こす為とは言え触るのがセーフなんだもんなあ……」
そういえばタレとかあったっけ? と、唐突に思い出し、脳内に昨日の冷蔵庫の中身をピックアップする。
と。
目の前からあ、という声が聞こえた。
冷蔵庫内の食品が頭の中から掻き消える。
それから、
「大船」
という言葉。
それに指揮は目の前の人をよく見る。
「あ、宮野じゃねえか」
宮野真一――通称絶食系男子である。
絶食系とは、女の子と一切縁のない者の通称だ。
ビニール袋の中を見れば、縦長の箱に入っているオマケ付きの菓子がはち切れるほど入っていた。
中身はキャラメルやチョコレートだろう。
指揮はそれらを指差して一言。
「何それ?」
宮野は、ああとお菓子に目をやって言う。
「コレはグレコが売り出した戦国武将シリーズのお菓子だろ~。で、コレが寅さんシリーズのお菓子。二つとも完全コンプリート目指してるんだよ」
宮野の瞳はキラキラと子供のように輝いている。
「太るぞ?」
「俺は太らない体質だし大丈夫だって。多分。で、指揮はどうしたんだ?」
「俺は買い物」
宮野はふっと視線を袋に移動させて言う。
「肉の量、多くない? ……何で?」
「(やばい二人で暮らしてるのがバレる!?)。いや~惜しかったなあ。お前が来るって分かるなら女子を連れてきたのに! 無論、ソイツの家から!!」
慌て、話題を逸らすようなセリフに宮野は少し首を傾げたが、やがて悲しそうな瞳をして、ふっと諦めたように呟く。
「いいよいいよ。俺はどーせ女の子に縁がないんだから! っつーか大船だって女の子に縁がなかっただろ……昔は」
「まあなあ! あっはっはっは! コッチは精神的な負担で死にそうになる時もあるけどな!」
周りに気を使う程度に、悲痛に笑う指揮に宮野真一はビシッと指を指して言う。
「お前、それ金に埋もれて周りに「重い重い」って言ってるようなもんだぞちくしょう! 死んで俺に転生すればいいんだ!!」
「た、確かに……」
うっ、と指揮は宮野の指摘に後退りする。
「鈴野とか、姫とか明らかに可愛いもんなあ……確かに周りからすればいけ好かないモテ野朗だな。ごめんなさい。モテない男代表の宮野真一さん」
「それでよろしい……訳ねえだろうがあ!!」
秘技! 見えない卓袱台返し!!
パアン、とエア卓袱台がくるっと回って床を叩いた。
宮野は拳を握って宣言する。
「俺は、やればモテるんだ」
「……」
「やればモテる子なんだからな!」
「やれば出来る子みたいな?」
「……くうう、とことん馬鹿にしてええ」
宮野は地団駄を踏む。
「まあ何だ。宮野ってどっちかと言うとアレだもんな。BとLけ……」
「それは言わないで!!」
「ボーイとラブけ」
「意味が同じじゃねえ!?」
「禁断の友情あ」
「どこの漫画の帯ですか!!?」
「ツッコミがよくそうポンポン出てくるなあ……」
「まあ慣れてるからね」
そう言う宮野には友だちが居たことを思い出す。
「なあ、宮野ならさ。亜久里が裏切って宮野を殺しにかかったらどうする?」
「え? 亜久里にそんなこと出来る訳ないって」
笑う宮野に指揮は、首を振って、
「もしもだって」
「……まあ、理由は訊くだろうな」
「もし、それでも殺すこと止めなかったら?」
「ぶん殴って更生させるかな」
宮野の言葉に嘘はなさそうで、思わず顔が綻ぶのを感じた。
「そっか……お前らやっぱり、禁断の」
「友情じゃねえっつてんだろうが!!」
クスクス二人で笑う。
「ありがとうな、何か」
「あん? 大船がお礼を言うなんて珍しいな。天変地異の前触れか!!?」
「……あのなあ、俺はお礼を言える子だぞ言っとくけど」
呆れた風に言う指揮に宮野は笑う。
「知ってるって。コレ上げる」
袋から菓子を一つ取り出して指揮に手渡した。
戦国武将シリーズだ。
「いいのか?」
「良いって別に。大船がレアを当てる訳なさそうだしな」
「それは、俺に運がないとでも言いたい訳ですか?」
「まあ、人並み以下ではあるよね。俺も大船も」
「……確かに」