三人組
姫が居る場所は濁った水が溜まっている室内プールだった。
夏になれば、盛り上がるのだろうが、冬では使いようもなく放置されているようだ。
プールサイドに立っている柱にさっき道具室を漁っていたら出て来たホースと麻の縄で十字士を巻きつけていた。
姫はそれに気を配りつつ、
「指揮怒ってるかなあ……怒ってるよね、そりゃ」
うんうん悩んでいると、靴音が静かなプールサイドに響いた。
「……う、来た……」
姫は指揮が来た事にばつの悪そうな顔をする。
それもその筈、指揮を助けに行くために走り回りようやく見つけたと思ったら時既に遅し、実はもう十字団の一人を片付け終わっており、姫が飛び込んだ衝撃で指揮が気絶してしまったのだ。
しかも、鈴野に指揮は十字団の話をしていなかったのに、思わず『知っている』というスタンスで話してしまい事実を教えてしまったのである。
「大体指揮があんな所に居なければよかったのよ。全く」
責任転嫁をし始めた姫は、靴音が大きく響くにつれ、居心地が悪くなってくる。
「姫えええええええ!!」
怒鳴り声がプール内に響く。
指揮の声だと気づくのに数瞬かかった。
真剣さと、姫の身を案じるかのような声音に一瞬戸惑いを生んだのだ。
「な、何!?」
入り口にドアを開き、入ってきた指揮は真剣そのものの顔をしていた。
「はあ……ソイツ、まだ気絶してるか?」
「うん」
安堵の為か、指揮は緩んだ笑顔を見せ、息を吐いた。
「ならよかった……そいつの右手は生物以外の物質を出し入れできるんだ」
「何で? コイツは十字士でしょ?」
意味がわからず首を傾げて訊く。
「それは俺にもわからねえ。つーか、そこまで頭が回らなかった」
倒すのに精一杯だったんだ、と指揮。
「電撃も出すし、銃も出すし、多分トラックも出せる」
「じゃあ、どうするの? この右手」
「どうするって、言われても……。とりあえず、ゴム手袋とか?」
「道具室にはなかったけど」
「……じゃあしょうがないな。警察を呼んで逮捕して貰うしか。来るまでは何とか、頑張って抑えて」
「でも、何ていうの? コイツの事。十字団って言う組織が、とか言うの? 指揮の超能力を見せて納得させる? 多分、話題を総ざらいにすると思うけど」
「それは、嫌だなあ……脳とか調べられたりすんのかな? 警察、動いてくれるかなあ」
「さあ、それは分からないけど。見て見ぬ振りをする可能性もあるわよ。十字団って社長とかも入ってるみたいだし」
「圧力をかけられるって事?」
「多分ね」
姫が力なさ気に言ったその時。
立て続けに色々な事が起こった。
「指揮。本当に走って置いて行くなんて酷いよー!」
と、鈴野が文句を言い、同時に村井を捕縛していた柱が突如、消え失せた。
指揮は、一瞬で反応する。
村井は、右掌を翳した。
(何を出す気だ!?)
指揮は、グッと拳を握り締め村井の指先を意識した。
指ならば、掛かる時間は少ない。
太さの問題ではなく、慣れの問題だ、そう指揮は実験で再確認した。
「……終わりだ」
村井の右掌からは、驚くべきことにトラックがいきなり出現した。
村井の能力は、トラックを分解――右掌の手前で再構築しているのではないか、と指揮は思考の端で推測する。
推測しつつも、混乱を来たしていた。
「嘘、だろ!?」
「安心して。大丈夫だから」
姫は冷静に言い放ち、タイルに落下するトラックまで、急速で接近し、タイヤを拳で叩いた。
『重力操作』
この能力の凄まじさを指揮は改めて知る。
トラックは前方が勝手に浮き上がり、後方がタイルを轢き潰し、転倒した。
乗り込み口は、ひしゃげ、ガラスに罅が入る。
指揮は、冷静さを取り戻し、トラックを迂回して村井の元へと急ぐ。
「……能!? ……」
村井はテレビの電源を落とされたかのように、言葉がいきなり断絶した。
鈴野の人を思い通りに操り、記憶すら覗ける能力で操られたのだろう。
「おおおおおおおおおおお!!」
指揮は、意思なく眼前に躍り出てきた村井の腹を突き刺すように殴った。
「が、ふ……?」
村井は、何が起きたのかわからないような表情で尻餅をつき、腹を押さえる。
タイルが潰されたので、茶色の砂地が見えていた。
「大人しく、捕まれ」
「……それは、出来ない相談だ」
右手を地面に付けた。
「待て……!!」
二度も、逃がしてしまうなんて。
指揮は、脚を跳ね上げた。
「が……っ!」
顎に足の甲が命中し、村井は白目を剥いた。
が、地面は円形に削り取られ村井は真下へ落ちていってしまう。
「どこに行ったの!?」
姫は声を荒げ、真下を睨みつけるように見た。
真下には、沢山のダンボールが山積みにされている。
姫が飛び降りようとした瞬間、ダンボールがぐらりと揺れ動き、真下へ落下していった。
「また下に逃げた!!」
「危ねえッッ!!!」
指揮は、ぞくりと背筋に這いずるモノを感じ姫を抱えて消失地から逃げるように飛んだ。
直後、風を切る音と共に柱がミサイルのように飛んできた。
柱はそのまま、支えがない為に不安定に揺れ、やがて床に抱えられるようにして止まる。
「……危なかったな」
姫を抱え、抱擁したまま指揮は眼下の姫に言う。
「ええでも、何でわかったの?」
指揮に抱えらながら姫は問う。
「いや、俺にもよく分かんないんだけど……」
直感的に、と指揮は恥ずかしそうに告白する。
「直感……? 殺し合いをしてたから感覚が鋭敏になったのかもね」
姫が推測を立てた直後、指揮は姫から離れ、自分自身を右拳でぶん殴った。
「ごふ……!?」
一人冷静(?)な鈴野は、ふんと鼻を鳴らす。
「ナチュラルなセクハラはこうなるの」
「だからって、この扱いはあんまりじゃあないですか……」
姫は今更ながらに頬を染めた。
指揮は、頬を押さえながら呟く。
「頬っぺたが、痛い……」