気絶
村井貴一は指揮の拳を受け、鏡の壁に頭を打ちつけた衝撃で気絶した。
「はあ、はあ……何とか、勝ったな……」
まさか、作戦があんなに上手くいくとは思わなかった。
最初の塗り薬は、意味不明な行為でコチラの思惑に気づかせないようにしたかった。
贅沢を言うなら塗り薬に手を取って欲しかったが現実は上手くはいかないものだ。
ハンカチと血は、視線を縫い止める為。
ケータイを被せたハンカチにも手を取って欲しかった。
その全ては指揮の能力――『スプーン曲げ』を使うための時間稼ぎ。
材質が鉄なら尚更だ。
「ま、結果オーライって奴か」
そう呟き、ハンカチを取り、ポケットに捻じ込む。
ケータイを開くと鈴野からメールが届いていた事を知る。
返事を書くのが面倒だった為、ポケットに捻じ込む。
こんなややこしい事態を書くと一〇行じゃ収まらない。
塗り薬を取りに行こうと、ドアを開けたようとした瞬間、ドアが自動的に開いた。
いや、開くとか言うレベルではない。
「うおわ!?」
ドアがまるで攻撃用の開閉兵器にでもなったかのような速度で指揮の顔面を叩いた。
「が、ふ……?」
「指揮いいいいいいい!! どこに居るのよ!!」
車に轢かれた人のように吹っ飛び、姫に腹を踏まれた指揮は意識を手放した。
◆◆◆◆◆◆◆
「あー軽い脳震盪でした」
そんな軽いノリで言う保健室の先生のような女性は指揮の頭を撫でる。
(女医さん、なのかな?)
「こんなにデッカイこぶ作っちゃって」
「は、はあ……」
女性に子ども扱いされる指揮は、どう反応していいのか困り、曖昧に返事をしておく。
後ろに居る鈴野は心配そうに指揮を見て、女性を見て、指揮の額をつんつんと触ろうとする。
指揮は、掌を叩いてそれをセーブ。
「う、何で触っちゃいけないの?」
「嫌なものは嫌なの」
子供みたいな言い分をする二人に、女の人はにやにや笑う。
「恋人だったりする?」
その悪戯っぽいセリフには当たりでも外れでも楽しめる、と言った雰囲気が見られた。
「そ、そんなんじゃないです! し、親友みたいな感じです」
慌てたようにバッサリ斬って捨てる鈴野に指揮は、苦笑する。
「何で笑ってるの!?」
「だって、慌てすぎ……」
小学生か中学生みてえ、と指揮が笑う。
女の人も、くすくす笑い和やかなムードになった。
「それじゃあ、指揮を連れて帰りますね」
鈴野はそう言い、指揮を引っ張って行く。
「お世話になりました」「ありがとうございました」
ドアのプレートを見ると『医務室』と書いてあり、レアな体験をした気分になる。
「姫はプールで待ってるって」
「プール?」
「今は冬だから勿論閉鎖されてるんだけど、姫の能力を使えば簡単に侵入できるし、中からカギを開けてくれるって」
「何でプール何だ?」
「指揮が倒した十字士を捕まえたから」
あ、と指揮は鈴野の顔を見る。
知ってしまったのか、と何かが抜け落ちたような感覚に陥った。
脱力とか、愕然とはまた違う感覚だ。
受け止めて、指揮の十字団に係わり合いにさせたくないと思う願いが拒否された。
「十字団の話、もう聞いたから」
「そっか」
「うん」
指揮は、鈴野の傍らで言い難そうに口篭り、それでも言う。
「ごめんな。何にも喋らなくって」
鈴野は、感情の読めない表情で指揮は不安を覚える。
「そうだね。喋って欲しかったけど、指揮の気持ちも多分分かるし。責めれないよ」
その場の雰囲気を柔らかくするためか、口元を若干綻ばす。
指揮は、安堵や申し訳なさ、鈴野の気遣いなどで、感情が渦巻く。
様々な感情が押し寄せ、ごった返し全てを受け止めて鈴野に感謝する。
「ありがとうな」
感謝の言葉が予想以上に照れくさかったので、小声に早口で言ってしまった。
鈴野は、微笑んでその感謝の言葉を受け入れてくれる。
そして、言った。
「名前で呼んでくれたら、この件はチャラにして上げる」
「ま、また名前かよ……」
「む。名前で呼ぶだけでチャラに出来るんだから安いもんだと思うけどなー」
確かに、そうかもしれないけど……と指揮は鈴野の整った横顔を見た。
悪戯っぽく微笑んでいるのが、見え隠れする。
言外に「ホラホラさっさと呼んでみてよ」という雰囲気が空気を伝って、指揮を苦しめた。
(いや、コレは贖罪の為の、そう! 儀式なんだよ。俺は、別にそう、『き』と『い』を口にするだけじゃないか!!)
何も恥ずかしい事なんてない! そう思い込み、『き』と『い』を口にする。
「紀、伊さん?」
「え、誰ソレ?」
「あーーうるさ~い!!」
と、そこで指揮は重要な事実を思い出した。
指揮は雰囲気を張り詰めさせ、一人で慌てて走り出す。
「……何で名前呼びにあそこまでの抵抗が……?」
そこで「可愛ければ可愛いほど……」という指揮のセリフが唐突に甦ってきて頬に熱が溜まるのを感じた。
「え、うぇ? 何か恥ずかしいよ……?」
何で? そんな疑問に答えてくれる人は残念ながら、医務室にて爆睡中である。