戦闘
「あ、名前聞くの忘れた」
と指揮は呟く。
そう言えばあの男子の名前を訊くのをすっかり失念していたのだ。
「まあいいか」
『会えたらいいな。またな』
と言っていたわけだし、いつかは会えるのだろう。
それにこういう関係もいいかもしれない。
そう思い、思考を切り替える為に立ち上がろうとした瞬間。
視界の端、下の方に黒い影が湧き出てた。
指揮は何気なく影を作り出した人物を見ようと、後ろを振り向く。
「っ!?」
後ろに居た青年は腕を真下――指揮の頭上に振った。
指揮は、拳を振るって腕の側面を叩く。拳は軌道を逸れて、空を切った。
一気にベンチから飛び退く。
「あ、ぶねえ……ッ!!?」
指揮は、周りの人の好奇を含んだ視線を感じながら目の前を睨みつける。
黒髪を後ろで束ねている青年だった。
あの時の、科と共に居た青年だ。
「テメエ……!! 科はどこに居る!!」
興奮を抑えながら、青年に問う。青年は答えない。右手を左手に押し付けて、惜しかったと呟くだけだ。
「お前らは何で俺らを狙うんだよ!!」
胡乱な瞳で青年はこちらを見つめた。
「……俺の両親は超能力者に殺された」
まるで昔話でも始めるかのような平淡な口調に、指揮は押し黙る。
「……だから、殺す。正体不明のこの力が憎い」
この力……? と指揮は疑問が浮かぶ。
「お前……能力者か?」
「……俺の名前は村井貴一。そして、この右手にどんな物質でも収納できる能力を持っている」
右手を見る。
「収納の条件は触ること、とか言うんじゃねえよな?」
恐る恐る口を開く。
もしも、そうなら指揮はあの右手に触れられた途端、閉じ込められることになる。
爆弾魔の時は、死にはしないが、村井貴一の場合は触られた瞬間に『監獄行き』が決定させる。
凶悪度は村井の方が上かもしれない。
しかし、恐れる必要はない。
爆弾魔と同じならば腕を曲げて、回避どころか、カウンターを喰らわす事ができるからだ。
しかし、そうなると科の行方を聞けなくなってしまう。
「……残念だが、人間は収納できない。出来るのは、生物以外だ」
そう言うと、右手を振るった。砂が指揮の顔に降りかかり、目に入った。
「う……っ!?」
砂を取り除こうと、目を指の腹で擦りながら逃げ出す。
バチィ! と雨が屋根を叩くような音がした。
靴に衝撃が走り、筋肉が痙攣した。
驚きと痛みで汗が噴出する。
電撃だ。
「電気まで蓄えれんのかよ……ッ!!?」
砂を完全に取り出し、倒せる場所まで誘導しようと走り続ける。
一般人には追っているように見せない工夫なのか、周りを見たり指揮とは違う方向に走ったりして追いかけてくる。
「流石にココで騒ぎを起こしたらヤバイって事か……」
電撃は切れた、のかもしれない。
楽観的に考えるとヤバイが、アトラクションの列に並んでいる人が殆どで道には疎らに人が居るくらいだ。
電撃で一気に仕留めて、気絶した指揮を運んだ方がいい筈だ。
まず間違いなく警察に連絡する人はいない。
電気を飛ばす人間が居るとは考えもつかない筈だし、事情を話したところで警察が真面目に対応するとも考えられない。
凍てつく氷のように冷静な思考は、恐怖を表に出さない。
爆弾魔との死闘で成長したのかもしれない。
指揮は自分の能力を最大限に使える場所を考える。
どこだ?
相手は、右手に何を隠し持っている?
そこで、科と会ったあの時のことを思い出した。
トラックで逃げ出したが、もしかしてトラックを右手から出した……?
砂。電撃。トラック。生物以外なら文字通りなんでも右手に収納できるという訳だ。
右手の収納の上限はあるのか?
指揮の思考は更に、縦横無尽に飛び、様々な考えが浮かぶ。どれも想像でしかない。
(何が当たりだ? 当たりなんてないのか?)
一つだけ、絶望的な答えだけが指揮にはあった。
毒、銃、ナイフ、警防、爆弾、考えられる武器に対応できる場所なんてない。
精々できることは人の多い場所で逃げ続けることだけだ。
それだっていつ相手が痺れを切らすかわからない。
攻めに転じられたら、打つ手が少なすぎる。
腕を曲げ、カウンターを与えるくらいしか出来ない。
しかもそれをするには、五秒の時間が要る。
爆弾魔はお喋りが好きだったので、何とかなったが、村井は明らかに寡黙で淡々と人を殺しそうなイメージだ。
初対面のイメージは大体合う。
故に、いきなりやって来て武器でも振るわれた場合、殺されるしか選択肢がない。
早く決着の場を選ばないと、と周りを見渡すが辺りには何もない。人は居る。
「姫を捜すしかねえか!?」
姫なら持ち前のスピードで倒してしまいそうだが、万が一を考えるとそれも出来なかった。
(俺の能力――『スプーン曲げ』はどこなら一番力を発揮出来る?)
昨日の公園での出来事を思い出す。




