二人
ただ、無言。
二人は何を話していいのか分からない状態だった。
「ねえ、何で姫は名前で呼ばれてるの? 何か作戦でも……?」
鈴野は、悩みぬいた挙句訊いたような悲壮感を滲ませながら言う。
姫は何を言ってるんだ? というような訝しげな目で見てから、
「別に、名前で呼んでもいいって言ったからだけど」
「それだけ!?」
「……うん。それだけ」
姫は鈴野の勢いに押されながらも頷く。
数瞬後。今の話題の理由がわかったのか、ふふんと微笑んだ。
「名前で呼ばれてないんだ?」
「……そうなの。女の子は名前で呼ぶのが恥ずかしいんだって」
鈴野の何気ない一言にひく、と女子のプライドが傷ついたお姫様が一名。
「あいつ……私が暗に女の子じゃないとでも……?」
殺す、あいつは刺し違えても絶対に殺す、と姫が呟くのを鈴野は引き攣った表情で受け止める。
「まあ……あの、ほら。性格が女の子な人が無理って言う意味だったのかもしれないし」
「あ? 私の性格が女の子じゃないとでも……?」
何とかフォローを入れる鈴野のセリフは、しかし逆効果しか生まない。
姫は鈴野を睨みつける。
「あ、ごめん」
「別に、鈴野が悪い訳じゃないし。あいつは殺すけど」
「あ、でも指揮は姫を可愛いって言ってたよ?」
鈴野二度目のフォローに、姫は顔を上げる。
少し意外そうに、それでも少し頬が持ち上がっていた。
「お姫様みたいだって」
「それ、多分褒めてない」
唐突にぶすっとする姫に、鈴野はボールを取られたサッカー選手が追いかけ、喰らいつくかのように慌ててフォローする。
「褒めてるって絶対に! だって、凄い可愛いって言ってたし!」
本当は凄い可愛いとは言っていない。
言ったのは、「ミスコンに姫が出れば優勝できるかもな」程度の事である。
曲解すれば、凄い可愛いになるのかもしれないが。
「指揮が? 凄い可愛いって?」
姫は胡散臭そうに鈴野を見る。
もはや信じる気は〇のようだった。
「そういえば、鈴野って指揮と付き合ってるの?」
ぶはっと、鈴野は何も飲んでいないのに咽た。
「な、何言ってるの!?」
「いや、顔が真っ赤なんだけど……」
「これは全然違うからね! 私は、元から赤ら顔だから!」
分かる嘘を喋る鈴野に姫はやはり胡散臭そうな瞳を向ける。
「ふーん。本当に付き合ってないの?」
鈴野は、頬に手を当てながら頷く。
「本当に付き合ってない」
「指揮に口止めもされてない?」
「されてない……って何でそんなに気になるの?」
「あ、いや、色々と……うん。将来の……いやうん」
ばつが悪いような顔になった姫は慌てて自販機を指差す。
「ほら自販機が見えてきたわよ」
「……」
お互い無言で自販機からオレンジジュース二本とココアを買う。
「指揮ってココア好きなの?」
「うん」
鈴野の問いかけに、軽妙に答え缶を二つ持ち、歩き出す。
再び、ベンチに戻ってきたとき、指揮は居なかった。
姫と鈴野は、辺りを見渡すがやはり居ない。
「まさか……ッ!!?」
最悪な場面が脳裏を過ぎった。
十字団が攻めて、指揮をこの遊園地で殺そうとしている。
姫は缶ジュースをベンチに放り出し、駆け出した。
「へ?」
鈴野は思わず、呟いた。
姫の突然の失踪。
指揮がなぜか居ない。
「え?」
何が起こっているのか、整理に時間がかかりそうだった。