作戦
指揮の顔は恐怖に引き攣っていた。
鈴野は楽しそうに笑顔だ。
「うわー。指揮ってば、凄い顔引き攣ってるよ」
笑いながら、大きな写真の指揮の顔を指しながら言う鈴野を恨めしそうに見る。
アトラクションの落下シーンを撮ったものらしい。全く余計な事をしてくれたものだ、と指揮はこのシステムを疎ましく感じる。
「逆に鈴野は、楽しそうだな」
「紀伊」
「……楽しそうだな」
「紀伊は、楽しそうだな。はい復唱」
「さあて! 姫を待たせても悪いし、さっさと行こう!」
さっさと歩く指揮。紀伊は爪先で歩きながら指揮の耳元で言う。
「きーい! だってば」
「うっせえうっせえ。黙って下さい!」
「……姫は名前で呼ぶくせに……付き合ってるんじゃないの?」
拗ねたような口調に、指揮は思わず黙ってしまう。
人だかりの中を縫うように歩いていく。わいわいがやがやと楽しそうな雰囲気だ。
「いや、別に付き合ってないけど」
一緒に住んではいるけどね、と指揮は心の中で付け加えてから、順序が明らかに違う事にふと気づく。
(順序って、それじゃあ俺が姫様と付き合うことが前提みたいじゃないですか!! あれだよ農民の俺と姫様がお付き合いなんてないって!! 人間顔じゃないって言うけど、顔も大事な一要素だからね!!)
じゃなければ宮野がモテない筈がねええ!! と優しい指揮の友だち――宮野真一の顔が思い浮かぶ。
「じゃあ、名前で呼んでくれてもいいんじゃない?」
「呼んだだろ」
「二回だけ。紀伊さんと紀伊様って」
「よく覚えてたな。あ、そういえばミスコンに出るとか聞いたけど?」
「あ、話逸らした」
ビシッと指を突きつけ指摘してくる鈴野に、指揮は何で名前を自然に呼べないんだ、と自己嫌悪しつつ捲くし立てる。
「紀伊さんは優勝出来ると思いますか!?」
「何で変なテンションで敬語になるの?」
紀伊は、そう言ってから少し逡巡するように視線を宙に彷徨わせた。
「優勝は無理じゃないかな」
「鈴野以上に可愛い女の子って居たっけ? 姫とか出てきたら分かんないけど」
姫は、本当にお姫様みたいだからなあ、と指揮は歌うように呟く。
ファンクラブとか出来る程に容姿はいいと思う。
「……指揮って名前で呼ぶのは頑なに拒否するのに、褒めるのは大丈夫なんだ……純な天然プレイボーイ?」
少し呆れたように言う鈴野紀伊に、指揮は何も考えていなさそうな口調で答える。
「ああ、そういえばそうだな」
「変な人だね。指揮って」
「……鈴野、紀伊だって、褒められるより名前で呼ばれた方が嬉しそうじゃねえか。立派に変だろ」
「そりゃあそうだよ。褒められるよりも好きな人から名前で呼ばれた方が嬉しい、ってあ、あれ姫じゃない?」
見えないので何とも言えない指揮は人だかりを何とか抜けて、キリンのように首をもたげる。
姫が茶色のペンキを塗りたくった木製のベンチで小石を蹴っていた光景が目に映った。
待つ時は小石を蹴るのが、姫のスタイルなのだろうか?
ここが公園なら『家出少女』というタイトルが付きそうだ。
指揮は、軽く手を振って声をかける。
姫は指揮を見て、歩いてきた。
「喉渇いた」
「この辺って自販機あったっけ?」
「うん。あそこにあったよ」
「なら紀……彼女と一緒に買って来てくれねえか?」
「代名詞作戦……っ!!? それはズルイよ指揮!!」
「指揮は?」
驚愕する紀伊を横目で見て姫は何か訊きたそうな表情を浮かべながら、別の疑問を口に出した。
「あのアトラクションのせいか、眩暈が……」
頭を少し、押さえてから財布を取り出し小銭を渡す。
「コレで俺の分も買ってきて。ちょっとココで休んでるから」
二人は顔を見合わせてから、指揮に向かって頷く。
「じゃあ買ってくるね」
作戦成功だ。
にやりと指揮は笑む。