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ジェットコースター

「あ、あれ行こうよ」

 鈴野がいきなり言って、アトラクションを指差した。

 指揮は視線を向ける。

 巨大な水溜まりに、ボートが猛スピードで突っ込んだ。

「水流下り……?」

 急遽、それらしい言葉を言う指揮のセリフは少し敬遠している所があった。

 指揮は絶叫系が苦手なのだ。

(整備不良で命落とすかも知れないし……ニュースでもやってつーか、遊園地で整備ミスのニュースを思い出すな俺!!)

「じゃあ、並ぶか。姫もそれでいいよな?」

「別にいいわよ」

 鈴野があからさまにむっとした。そのまま列に並んだ。

(何だ? 俺なんかやったかな?)

 そう思うが、自分が何かミスをしたとも思えないので、鈴野の後ろの列につく。

 並んでいる人数が思ったよりも、少なかったからか数分並ぶと番が回ってきた。

「はいじゃあココからの人は乗って下さい」

 と、係員さんが姫と鈴野&指揮を割った。

 姫は、特に残念がる様子もなく言う。

「じゃあ私あそこのベンチで待ってるから」

 テクテクと歩いていく姫を係員さんが少し同情を載せた視線を送ると、コチラに笑顔を振りまいた。

「プロだなあ……」

 と、感心して呟く。列が動いたので、ところてん方式に前へ進む。

「楽しみだね」

 係員さん以上の笑顔を浮かべる鈴野。

「まあ、そうだな」

 指揮と紀伊は、木製の足場からボートに乗り込む。係員さんがバーを降ろす。

「ねえ。指揮」

「ん?」

「何で姫のことは名前呼びで私の事は名字で呼ぶの?」

 少し、悲しげな瞳だった。

 う、っと心が揺れる。

 可愛い女の子がオトコノコの事で悲しげになるって悲壮感が倍になるよね!!

「いや、ほら。鈴野って人気あるだろ? 嫉妬とかされても困るし……」

「男子も呼んでる人居るよ? それに親友って言っちゃったし」

「まあ、それはそうだけど……」

 姫の場合は『お姫様』という逃げの一手があった訳で……そしてこの感覚は多分自分にしかわからない。

 紀伊、なんて逃げもクソもないじゃないか。

「じゃあ何で呼んでくれないの?」

 グッと顔を寄せて来て、真横に仰け反りたくなるが、前髪を眉まで伸ばしている人当たりの良さそうな男子が居た。

 逃げれない。

 白い陶磁器のような肌がドアップで映る。

 もう少し、視線を上げれば潤んだ瞳が網膜に焼きつき、恥ずかしさが込み上げてくる。

 女子に耐性が余り無い(女子と住んでいて)のにコレほど可愛い女子のドアップは拷問以外の何物でもない。

 視線を真っ青な空に合わせる。

「は、恥ずかしいんですよ。女の子を名前で呼ぶって。可愛ければ、可愛いほどに……」

 このシチュエーションから開放されたくて言った。

 チキンな自分を曝け出し、ある種の開放感が指揮の身体を満たす。

 言ってやったよ。

 俺、やったよ。

 鈴野は、意味がわからないと首を捻る。

「へ?」

「……お前らみたいな人種には一生わかんねえよ」

 鈴野は、頬を膨らませる。

「お前らみたいなって……指揮ともっと仲良くなりたいもん。もっと知りたいし」

 潤んだ瞳で見つめられ、指揮は思わず抱き締めたくなる。

 確かにモテるのも頷けた。

 無防備過ぎて、自分のような奴でも受け止めてくれるのではないだろうか、という雰囲気にさせるのだ。

「だから、名前呼びっすか……」

「何で敬語なの?」

「いえ別に!!」

 一旦心の距離を置いた指揮は、鈴野の要望に答えたくなった。

 好意を持って、接してくれているのに恥ずかしいからという理由で歩み寄るのを止めていいのか、と指揮の中の善意が言ってきたからだ。

「(き、き)」

 小声で紀伊、と名前を呼ぶつもりがやはり上手く行かない。

「ん? どうしたの?」

 紀伊は、きょとんとした表情で指揮を見つめてくる。

「あーえーと。鈴野紀伊さん!」

「あ、はい何でしょう」

 紀伊は頭の上に疑問符が浮かびそうな顔で、それから何かを察したように笑顔で指揮に向き直る。

「え、と……あー」

 ふと、横を見ると男子の横に座っていた白いドレスを着た可愛い金髪の女子が小声で「頑張って」と言ってきた。

 キラキラ瞳が輝いている。

 ありがとうございます。何か勇気が湧いて来ました。

 心の中でお礼を言ってから、小さく息を吸う。

「クレアは黙って前見てろっつーの。迷惑だろ」

 と、男子はクレアと呼ばれた女子の顔を持って、前を向かせた。

 指揮はココまで現実逃避のように見ると、唾を飲み込んだ。

(やれば出来る子だ。俺は)

「き、な、名前で呼ぶぞ? ……き、」

 そこで、止まる。

 恥ずかしいからではなく、ボートが移動し始めたからだ。

「き?」

 と、嬉しそうに紀伊は先を促す。

 一旦、立ち止まったからか決意がリセットされてしまった。

 すう、と息を吸う。

「紀伊さん紀伊様ホラホラホラ前見てください!! ヤバイよ! 恐竜ですよ前見ないと後悔しますって!!」

 早口でベラベラと捲くし立て、前の方向を指差す。

 どこからか、熱気が頬に集まってくるのを感じ、にやにや笑みながらコチラを見てくる鈴野紀伊に「ホラホラお前が決めたんだろ!!」と恐竜を指差し言う。

「お前? 私の名前は紀伊だよ?」

「うっせえ!! お前なんかお前で十分なんだよ前向け前!!」

 真っ赤な顔を見られたくなくて、鈴野紀伊の頬を掌で押し、前を向かす。落下するための布石として、ボートはどんどん上がっていく。

 銃を持った係員さんが何か喋っているが、耳から通り抜ける。

「ふふ……」

 喜色満面の笑みを形作る顔をぐにゃりと変形されながらも、紀伊はにやにや笑む。絶頂だ。幸せではなく、ボートが。

「紀伊、かあ……うんうん」

 鈴野は満足げに頷いている。

 指揮は、固唾を呑んで下を見た。

 もう少しで、落下する。

 まだ余裕がある、と思っていた矢先だった。ボートががくんと大きく揺れる。

 いきなり急降下した。

「うわあ!!?」

「きゃあああああああっ!!?」

 ぎゅっと紀伊の柔らかい手が指揮の手を覆った。

 が、指揮は全く気にする暇がない。

 胃が浮いているような気がする。吐き気がしてきた。

 顔が否応無く引き攣り、風が頬を叩く。

 下に張ってある水に猛スピードで突撃した。

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