誘い
鈴野紀伊はグッタリとしながら帰り道を弥生と共に歩いていた。
男子達が水を得た魚のような勢いで、色々と迫ってきたのだ。
ふと、ビデオカメラを持った少女――三谷さんが爆発した場面が脳内で流れる。
喉の奥から、流動食が流れ出しそうな感じがして、気分が悪くなる。
悪夢にうなされ、合間合間にあの場面が流れ、深淵の恐怖に突っ込まれたような感じがする。
気分を変える為に、言う。
「はあ、しんどかった……あ。チケット返してもらうの忘れた」
「ホント人気者だねー紀伊ちゃんは」
からかうような、嫉みを帯びている声に紀伊は苦笑する。
「私の好きな人も紀伊の所に行ったしね」
う、と紀伊は罪悪感に打ちのめされそうになった。
「その事はもう何回も聞いたよー。指揮と遊園地に行けばいいんでしょ? でも、何で?」
「(大船とくっ付いて欲しいからに決まってるじゃん)」
ボソッと小声で言う弥生に紀伊はえ? と耳を近づける。
「聞こえなかった」
「要するに、アレよ。大船と親友の関係になれば、ホラ。自動的に一番仲のいい男が出来る訳じゃない?」
「まあ、そうだね」
「そうなったら、大船だって紀伊の席に毎日通う事になるだろうし。ボディーガード役になるかもだし。私が失恋間際の酒井をグッと落とせるかもしれないし!」
言っていて興奮したのか弥生が紀伊の手をグッと握りながら言う。
紀伊は殆ど死地に向かう戦士のような決然とした表情で言う。
「うんわかってる!! 帰ってきたら親友になってるから!」
「あ、あとあの子との関係も訊いてきてよ。気になるから」
決戦は、明日の土曜日である。
「(何かデートみたいって言うか、デート何だよね。男の子と女の子が二人でゆ、遊園地に行く訳だし……。あれ? お化け屋敷とかでは怖がった方がいい? って何考えてるの私はー!?)」
◆◆◆◆◆◆◆
「……うーん。チケット返しそびれたなあ……」
指揮は思わず溜息を吐く。
横で鞄を肩から提げていた元那が言う。
「あー。鈴野と遊園地に行くんだよなあ……」
犬塚もやるなあ、と元那は愚痴るように言う。
「犬塚……?」
と、指揮は訝しげに元那に問う。
「鈴野の友達だよ……お前、ホント興味ねえのな」
元那は呆れたような責めるような口調と視線を指揮に投げかけてくる。
指揮は、その口調にむっとして言い返す。
「……う、べ、別にいいだろ!? 四〇人もの名前なんて一々覚えてられるかよ」
「逆切れじゃねえか。あと、情報はあった方がいいと思うぞ」
元那はそう言い、細い路地へ入っていった。
「じゃあな」「じゃあな」
路地に目をやった指揮に荒い息遣いが飛び込んできた。
「ん?」
目をやると姫が膝に手を付け、肩で息をしている。唇にはだらしない涎の跡。
黒コートと赤いマフラーが目に悪い。悪目立ちし過ぎだ。
「寝てたな? お前……」
ジッと、指揮が姫を見る。
姫は、指揮の視線に気圧されたかのようにばつの悪そうな顔して言い返す。
「別にまだ殺されないんだし」
「まだ不確定なんだろうが」
キャッチボールでもするかのように言い返す指揮のセリフにうっ、と言葉に詰まったような表情をして、
「あ、それ何?」
と、指揮の持っていたチケットを指差す。
「遊園地のチケット」
「へー。遊園地なんてものまだこの国にあったのね」
とうの昔になくなったゲーム機を見るような目でチケットを見た。
「興味なさそうだな……」
「当たり前でしょ。もうガキじゃないんだし」
ガキみたいな涎を垂らしてる癖に、と反射的に言い募りそうになったが、喉の辺りで止めた。
言い争いの種を生みたい訳ではないのだ。
「何? 言いたい事があるんなら言った方が健康に良いわよ」
と目を少し吊り上げ、罪を告発する検事のように言う。
言った瞬間、睨まれる事はわかり切っているので指揮は話を逸らすついでに言った。
「一緒に遊園地行かない?」
「は? 遊園地? それに行くの?」
馬鹿を見る目で指揮を見つめてから。
「馬鹿、私達は十字団に追われてるのよ? 何でそんな所に……それに外って寒いし」
「お前言ってただろ。まだ殺されないって」
「不確定でしょ」
姫の言い分に指揮は納得する。
「……ま、確かに。ならしょうがねえな。行くの止めるか」
鈴野には可哀相だが、行くのは拒否させて貰おう。
「……簡単に行くの止めていいの? 勿体なくない?」
「は? いや、姫が来てくれるなら行こうと思ったけど。でもまあ確かに危ない思いして行くのもアレだよなあと思って……」
ま、残念だけど止めるかと指揮は呟いて歩き出す。姫も並んで歩く。
「私に来て欲しい訳?」
「ん? んんまあ」
姫は「ふーん」と興味無さ気に呟く。
様子を見るように、指揮の顔を見てから、
「……誰かから誘われたの? 今日の朝はチケットなんて持ってなかったし」
「ああ、鈴野から」
「鈴野? 誰それ?」
「友達」
指揮は数瞬後、思い直したように言い直す。
「あ、アイツは俺のこと親友って言ってくれてたっけ? まあとにかく超能力を使える奴なんだよ。紹介しようと思ったんだけど」
超能力者の友だちが欲しいって鈴野も言っていたし、仲を取り持ってやろうと思ったのだ。
「なら、行くわ」
「へ?」
姫は明後日の方向を向きながら平淡な声で言った。
「だから行ってもいいって言ってるのよ。興味あるしね」




