自己紹介
十分も経った頃、ようやく指揮は立ち上がった。
「いてえ!!?」
ガゴン! と洞窟の天井に頭がぶつかった。割れるように痛い。
「ふふ……っ」
鈴野は掌で口元を押し当てながら笑う。
「とにかく、出よう……」
◆◆◆◆◆◆◆
鈴野と指揮は公園の仄暗いオレンジの街頭の下で自己紹介を行っていた。
指揮は初めて近くで鈴野を見るが、可愛かった。
肩甲骨の辺りまで伸びた髪は公園の街頭に照らされて輝いて見える。
黒目がちの瞳は適度に潤んでいて、どことなく小動物を思わせた。
胸は、適度にある方だ。
鈴野のフルネームは『鈴野紀伊』
鈴野紀伊は薄明かりの中で指揮を上目遣いで見やって緊張の糸を見せ付けながら言った。
「あの、ホントに大船君も能力持ってるの?」
指揮はその瞬間、科が倒れたりしたことはやはり偶然ではないことに気づいた。
「もってことはやっぱり……?」
「あっ!」
慌てたように口元に手をやるがもう遅い。
指揮は分かってしまったのだ。
「能力者、だったのか?」
「うん。私は精神を乗っ取って操る能力を持ってるの」
「精、神……」
ゾクッと、血液が凍ったような感覚に一瞬襲われた。
精神を操るなんて尋常じゃない。人の身に余る能力だ。
指揮の能力のスプーン曲げが一気に能力としての影を薄くする。
「あ、一瞬なんだけどね」
慌てたように人差し指と親指をギリギリくっ付けないようにしてそう言う。
笑顔が緊張で少し引き攣っている。
鈴野は指揮が一瞬だけでも怖いと思ったのを悟ったのだ。
指揮が怖かったのはその『能力』だが、怖がった時点でその人をも怖がったということなのかもしれない。
そこに違いはあるが、鈴野はそれでも傷ついたのだ。
しかし、指揮はソレには気づかなかった。
街頭があるからと言って昼間のように明るくない上に、まだ少し科の事を引きずっていたのだ。
「ありがとうな。鈴野が居なきゃ俺……あーやられてたかも、だし」
「いいんだよ別に。それより今夜はゆっくり休んでね」
そう気遣ってくれた後、一呼吸の間、間を挟む。
「送っていこうか?」
そう言われて、指揮は一瞬迷う。
確かに鈴野が居れば家に安全に辿りつく事が出来るかもしれないが、それだってまだ会って間もない女子をそんな危険な目には遭わせられない。
「お前は女子を送り届ける男子かっつーの。大丈夫だって。一人で帰れる……家、近いのか?」
「うん。こっから歩いて十分くらいのところ」
「そっか。気をつけて帰れよ。ホントにありがとな。んじゃあ、俺帰るわ」
そう言って指揮は小走りで公園を抜けて行った。
「あ……明日、大船君来るかなあ? 来ればいいけど……」
それに警察には連絡しなくていいのかな? とか、追いかけなくてもよかったのかな? などなど、様々な疑問が頭の中に渦巻く。
もっと早くにこの疑問に気づいていればよかったと思うが、あの状態の指揮に対してこれ以上の心労をかけるのも憚られたのでこれでいいのかもしれない。
とはいえ。
「ああー私が言いたい事言えなかったなあー」
そんな状態じゃないことくらい分かるけど。