邂逅
科は十字団に入団している『十字士』相手に、苛立っていた。
信者が話す。
曰く。
「超能力者を生きたまま、暖炉に放り込んだ」
らしい。
おばさんの十字士は目を輝かせながら、その顛末を面白おかしく話そうとする。
「そうか」
低い声で、遮った。
鬱陶しい。
自分のしている仕事が犬や猫を己の快楽の為に惨殺している馬鹿ガキと混同させられるような苛立ちだ。
十字団のリーダー、神村駆流に育てられ、聖騎士をやっている。そういう肩書きが嫌でも科を目立たせ、取り巻きができる。
自分の功績を駆流に報告してくれたらいいな、という考えと、尊敬する聖騎士様に自分の功績を褒めて欲しいという思いがあるのだろ
う。そして、同属であり、同族だと思っているのであろう親しさで喋りかけてくる。
洗脳の末の姿だ。
科は吐き気がした。
この十字士にでは、ない。
洗脳されているであろう自分自身にだ。
全くわからない。
産まれて、育てられて、気づいたらこうなっていた。
どこが転換期だった? いつ、俺は人の死に動揺しないような人間になっていた?
「俺たちはガキじゃねえんだ。次からは素早く、楽に殺せ」
「そうですか……」
おばさんはふんわりと笑う。
「じゃあ、犬の散歩に行ってきますね」
おばさんは、そう言って公園を後にする。
別に公園で信者相手に講演会をやっていた訳ではない。
ただ、信者が科の顔を知っていたので声をかけてきたのだ。
女子(男子)高生であろうが、主婦(夫)であろうが、社会人であろうが、十字団の虜になってしまう。
「どこに、行こうか……」
平日の、夕方。
どこに行くのか、悩む。
部屋は『須藤の娘(黒コートの女)』に知られてしまったので、廃棄。
今は別のマンションに移り住んでいる。
『大丈夫か』
そう、村井貴一に聞かれた事を思い出す。
指揮とコートの女が部屋に来た時の事だ。
村井は端正な顔を心配そうに歪めて言った。
「お前は『旧友』を殺せるのか?」と。
旧友、その言葉で、指揮との距離は遠く感じた。
当たり前だ。
(俺は、アイツを殺すのが役目だから)
物理的にも、精神的にも距離は遠い方がいい。
どこで言ったのかも、なぜ言ったのかも記憶があやふやで忘れてしまったが、以前、駆流はこう言っていた。
「アメリカじゃ、ラジコン感覚で本物の飛行機を操作して、一万キロ離れた戦場を火の海にしているんだって。すぐに帰って、家族と夕
食も食べれることも可能な訳だね。指を怪我したら、すぐに絆創膏を貼れる」
「肉とか食べる訳?」
「そうだね。肉とか、牛とか豚とか。そもそもモニターでしか人を見てないから殺す、っていう感覚じゃないんだ」
「どんな感覚なの?」
科の言葉遣いで、科は子供の頃の話だ、そう思い出す。
詳細までは思い出せない。喉まで出掛かっているのに、と悔しく思う。
「ボタンを押すって感覚」
だから……そう言った駆流の笑みは思い出から掻き消えた。
目の前に、懐かしい駄菓子屋と、元那を見つけたからだ。
◆◆◆◆◆◆◆
駄菓子屋の隅の申し訳程度に置かれている小さなベンチで二人は座って会話をしていた。
「アレか。ズル休み?」
「まあ、ズルっていうか……」
否定したかったが、否定材料が何一つなかった。
「まあズルだな」
渋々肯定する。
「俺のズル休みには厳しかったくせにな」
元那は笑ってそう言う。
科は、喉に支える骨を取り出すような感覚だ、と思い尋ねる。
「まあな……指揮は元気でやってる?」
「元気っつーかアレだよ。ラブコメってる主人公になってるよ。あり得ねえよ。どう転べば、あんな美少女達にアレだけモテるんだよ」
ぶつぶつと、恨みがましい声を漏らす変わらない元那に少しだけ笑みを浮かべる。
(指揮は、元気らしいな…………)
安堵したような、空元気なんじゃないか? という疑念が同時に湧き上がる。
知ってどうする?
「にしても、懐かしいよなココ」
隣に置いてある飴が大量に入ってある瓶をパンパン叩く。
表面に付着していた埃が浮かぶ。
元那は周りに視線を飛ばしながら、言う。
「気体飴ってあったよな」
「流行ってたな」
指揮と、元那と科で食べたことがある。
「元那が勝手に開けたせいで散々だった」
「やぶ蛇かよ。まあ、あの時俺はべた付かない気体飴を作ってみせるって張り切ったな」
「綿飴にすらならなかったけどな」
「指揮は余りの不味さに吐いてたな。結構良い出来だったと思うんだけど」
「……アレがか?」
科はその時の記憶を思い出して、舌を浄化したくなった。
アレほど不味い飴は後にも先にもアレっきりだ。
元那は何かを思案するような表情を作って言いづらそうに口を開く。
「そう言えば、科って指揮とケンカでもしてんのか?」
「何が?」
科は、不自然にならない程度に訝しげな表情を作る。
少しでも、不信感を抱かれてはならない。
「いや、指揮が科の話題になると表情が固いような悲しげなような、うーん。まあとにかく変な表情になるからさ」
「残念だけど、違うぞ全然。ケンカじゃない」
殺し合いだ、と心の中で続ける。
「……そうか。明日は来いよ。俺も指揮も待ってるからさ」
ああ、とは頷けなかった。
殺しをしているのに、嘘を吐きたくないと思うのはおかしいな、と科は自虐的な笑みを浮かべてしまう。
馬鹿馬鹿しい。
「それよりも、気体飴、食べないか?」
約束することを逸らしたのは、雰囲気で元那に伝わっただろう。
雰囲気を作り出せないくらいには科は嘘がヘタだった。
「そうだな。前と同じイチゴ味でいいだろ」
「あれイチゴだったのか」
「何だと思ったんだよ?」
「無味無臭」
「……やぶ蛇」