足元
爆弾魔は、脂汗を浮かべながら恍惚とした表情で歩いてくる。
その表情に背筋が凍った。
だけど、集中する。
意識を、爆弾魔に!!
来い! 来い! 来い!!!
爆弾魔と指揮の距離はおよそ、五メートル。
歩幅で言うと、三歩。
爆弾魔が大地を蹴った。走る。
「死に、やがれええええええええええ!!!」
片腕を、振り上げた。
指揮は、川に足を突っ込み、後ろへ一歩、二歩。
タイミング。タイミングだ。
そう、心の中で呟く。
振り上げた手は、指揮の頭へ振り下ろされた。
タイミングを、合わせる!
「折曲がれ!!!」
凄まじい勢いで念じた。
肘が凄まじい勢いで折れる。
すると、どうなるか?
簡単だ。
指揮の頭を狙っていた腕は不自然に折れ曲がり、進路を変更する。
爆弾魔の息を呑む声が聞こえた。
腕はそのまま、勢い良く振れる。首に親指が触れ、手の甲が顔面にぶつかった。
「が……ッ!!?」
爆弾魔は表情を失くして、後退する。
指揮は、安堵で脱力しそうになりながらも、能力を解除した。
「俺の、勝ちだ。お前はもう、人を殺せない!」
指揮の推測では、爆弾魔は一つの物しか爆発させられないし、能力を発動してしまえば解除できない。
一番初めの時。
あの袋を取るよりも、指揮を左手で触ればよかった筈だ。
それをしなかったのは、爆発させる対象が一つしかないから。
指揮が額に当てた石だってそうだ。爆発させてから石を拾う意味がない。
腕もそうだ。
解除ができるならどれだけ時間がかかってもやっていた。
爆破なんて真似はしない。
爆弾魔は己の顔を左手で押さえながら、信じられないといった顔で指揮を見る。
「て、メェ……! 俺の、能力を……!!」
憤ったように、大声で叫ぶ。
「お前が指を爆発してくれたお陰で、攻略法がわかったんだ。お前は俺のように、意識しながら対象物に触らないと能力を発動できないってな」
指揮は、淡々とそう言う。
「テメエ……!! よくも。俺の、楽しみを奪いやがったな?」
爆弾魔の表情が怒りに、歪む。
「楽しみ? 人を殺す事がか?」
怒りで、声が震える。
「ふざけるなよ」
「違う」
爆弾魔は一言でソレを断じた。
「人を内部から破壊するのが、楽しいんだよ。犬や猫じゃ味わえない楽しみだぜ?」
怒りに歪んだ顔を、不自然なほど淡く、柔らかい顔を作る。
楽しい思い出を語るかのような口調に、指揮は不穏な想像を巡らした。
「自、爆……」
あり得ない事ではない。
警察に捕まれば、死罪は確定だし、もう人も爆発させられない。
ナイフや銃を使えば可能だろうが、内部から破壊するのが爆弾魔の楽しみなのだ。
そして、腕を破壊したあの狂った精神力。
自爆はどの観点から見てもする可能はある。
『死』という抗えない恐怖を感じながら、後退してしまう。
右足が、突き抜けた。
「え?」
泥で作られた自然の穴だ。
そう気づいた時には、もう遅い。
がくりと、左膝が折れる。背筋が曲がった。
否応なしに視界が暗転する。
「く……!!?」
右手を水面に突き出す。
何の冗談か、泥に足を取られた。こける体勢から、前へ突進する形になる。
「ッ!!」
腕を大きく振って、身体を捻った。
爆弾魔がどれ程の距離まで近づいているのか、見なければならない。
「……え?」
指揮は、一瞬映った青色の制服に呆然とする。
空気を破裂させたような音が聞こえた。
水が口の中へ濁流のように入ってくる。