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鈴野登場

 指揮は走った。だが、間に合わない。

 科は弾丸のような速度で地を這うようにして女の子の元へ駆け寄る。

「止めろおおおおお!!」

 肌がジリジリと焼けるように痛み、べたつく汗が噴く。

 指揮の速度では到底間に合わない。届かない。死ぬ。

 鞄の存在を思い出し、投げつけようとした瞬間、女子が叫んだ。

「大丈夫だから逃げて!!」

 その時。

 科は脚が不自然に絡み合い凄い勢いで転んだ。

 アスファルトに頬を殴りつけられるようにして盛大に滑るように転ぶ。

 ワザとでもない限りできない転び方だった筈だ。

「は?」

 指揮は呆けたような声を出す。脚は静まったように走るのを止め、慣性の力で鞄が大きく振れた。

 瞬間。

 自分の意識が飛んだ。

 まるで短い昼寝のようだった。白昼夢だ。

 目を覚ますと知らない場所で、走っていた。無意識に脚を止める。頭の中が整理できないことで一杯で消化できない。

 目の前にはアスファルトで作られた歩道があり、その先に二本道が左右に分かれている。

 そこで、気づく。

 違う。

 この道は通学路――科に襲われた十字路に先の道!!

 つまり、今の意識が飛んだ間に指揮は後ろを向いて走っていたのだ。

 真後ろを振り向く。

 手に温かい感覚。

 ゾッとした悪寒を感じ、見るとそこにはあの女子が居た。

 今更気づいたが、同じクラスの鈴野だった。

「速くしないとあの人に殺される!!」

 鈴野はそう目一杯叫んで指揮を引っ張る。

『殺される』その真実味がない言葉がどす黒い程に現実感を帯びて聞こえてしまう。

 指揮は追いかけてくる科を見て全身に震えが走った。

 友達と信じていた奴に対して震えを感じてしまったことに愕然とする。

 何でだ?

「何でアイツが、俺を殺そうとすんだよちくしょう!!」

 指揮のその理不尽な怒声に鈴野が悲しそうな顔で走る。

 叫んだからか、少しだが時間が出来たからか幾分か頭の内がスッキリし始めた。

 いや、正確には生き残るために負の感情を無視したのだ。

 何でアイツが俺を殺そうとする? という疑問は今は持たない。

 持てば死ぬ確率が上がるだけだ。

 鈴野は科の方に振り返った。

 科はまたしても転ぶ。

「この間に速く逃げよう!!」

 指揮と鈴野は左右の道を左に曲がる。その先の公園の遊具を鈴野は指差した。軽く頷き走る。小さい公園で子供達も遊んでいない。科に見つかる前に隠れれる。

 科が「くそッ」と短く悪態を吐いたのが聞こえた。

 公園の入り口を突破し、洞窟の形を模した遊具の中へ転がり込むように逃げ込んだ。外から見る分のはわからなかったが、中は入り組んでおり、二人とも奥へ隠れた方が見つらない筈、と奥へ奥へ入っていく。科には見つからなかった筈だ。

 行き止まりまで進んで行き、息を整える。

「はあはあ……」

「はふう……はっはあ……」

 二人の荒い呼吸が洞窟内に響き、その音で見つかるのではないかと即座に息を潜める。

 科は来ない。

 自分達を探しているのか、それとも諦めて帰ったのか……。

「帰った……のか?」

 指揮は鈴野にしか聞こえない小声で希望的観測を言うが、まだわからない。

 指揮は洞窟から外を見たい衝動に駆られるが我慢して息を押し殺す。

「どうなんだろう? あ、覗き穴」

 鈴野はそう言い、くいっと身体を反転させて覗き穴から外を覗く。

 指揮に手招きする。

 しかし、指揮はそんなことを見ている暇はない。

 考えているのだ。

 今の事態を。

「何で、アイツが……? 十字団って何だ? 聖騎士って……? そもそも何で俺は狙われた?」

 弁当の品を勝手に食ったからか? いや、アイツが先に俺のを食ったんだし、そもそもそんなことで命を奪う奴なんて居やしない。

「大船君」

 じゃあ、何で……?

「ねえ!」

 鈴野の大声を受けて、うっとよろめく。洞窟内だからか声が反響する。

 空回りし続ける思考に冷や水を浴びせかけられたようだ。

「何……?」

「もう行っちゃったみたいだよ? あの人」

「科が?」

「うん」

 その言葉を聞いて気が緩み、安堵する。

「そっ、か……」

 頭が感情を処理できないのか麻痺している。

(何でアイツは俺を狙った? 十字団ってヤツのせい? ……わかんねえ)

 指揮は思わず顔を覆って蹲っていた。

 だって、おかしい。

 感情が噴火したかのようにドロドロと心の中に渦巻いていく。

 どんな理由があったとしても友達である俺をあんな躊躇なく狙うなんて……。

「あの、大船? え、と……大丈夫?」

 鈴野が言葉を濁しつつ気遣って言う。

 鈴野は詮なきこととは言え、こんな時に力になれない自分の無力感が嫌になる。

「ああ、大丈夫……悪かった」

 指揮は一言だけそう言った。

 もうそれ以上喋ると様々な感情が処理しきれずに溢れ出し『泣き』に変わってしまいそうだったのだ。

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