お喋り
川原を走り、警察へ連絡していた。
「今、爆弾魔に追われています」
言った声は冷静で、自分を褒め称えたくなる。
ケータイ越しに警官に雰囲気が変わったのがわかった。
「あの爆弾魔?」
「あの爆弾魔です」
興奮したように電話の主が言う。
「今どこに居ますか?」
「警察署に一番近い川……?」
そこで、一つの疑問が湧いた。
警察に行けば、アイツは逮捕されるのか?
「そんな訳ない」
無意識の内に、答える。
独り言は、物事を客観的に把握することが出来るいい方法なのかもしれない。
現に「そんな訳ない」という独り言で、最悪な結末を想像してしまった。
警察官も『爆弾の能力』で死んでしまうに決まっている。
警官は『素手で人を殺せる』能力が実在しているかどうか何て知らないのだ。
指揮がどれだけ真剣に話そうとも鼻で笑われる筈だ。
信じてくれたとしても、いきなり発砲なんて許される筈はない。
そして、不用意に近づけば殺される。
赤子の首を捻るように簡単に。
「で、どこに居るんですか!?」
警官の声が大きくなる。
「すみません。嘘です」
言って、切った。
絶対に嫌だ。
自分のせいで死ぬなんて。絶対に許せるわけがない。
ガタガタ震える足で走る。
「何で、俺の脚が震えてるんだ……?」
走りながら思わず、疑問が口を吐いて出た。
心の奥底から答えらしきものが返ってくる。
ふざけるな。
「何、考えてんだよ俺……」
『反逆しかないのよ』姫の声がリフレインされる。
「ふざ、けんなって……」
『ぶっ飛ばした後に話を聞くかな』元那の声が聞こえた。
『ありがとう。これからは君みたいに戦うから』あの少年の声が指揮の心を揺さぶる。
指揮はヒーローなんかじゃない。
そんな力はない。
だけど、あんな暴力を振るう人間にはなりたくない。
あんな奴らに人を殺させたくない。護りたい。
だったら、答えは一つだ。
「俺が、アイツを、倒す……?」
呆然と呟く。
何を考えてんだよ、と指揮は足を止めた。
電話で詳細を伝えなかった時点で、もう無意識の内に決意はしていたのだ。
木造で作られている橋の足に手をつけて考える。
ここは学校の行き道であり、警察署への行き道だ。
姫と一緒に歩いたことを思い出す。
相手の能力を反芻する。
今までの事を考えると、多分、爆弾魔の能力は。
「触れたモノを爆弾――いや爆発させる能力……」
それなら人が爆発して死ぬことも、石が内部から破裂した理由も頷ける。
ランニング中のオジサンが指揮を追い抜き、走って行った。
川は夕日をゆらゆらと映し、殺人事件には無関係な綺麗な情景を映し出す。
「俺の能力はただ『曲げる』だけの能力」
(……『スプーン曲げ』こんな能力で勝てるのか?)
「手を、防げば勝てるんじゃねえか?」
でも、どうやって?
泥のような汗が背中を伝い、絶望的な気分にさせる。
思考が、続かない。
頭が熱を持ち、ショートしたかのように動かなくなる。
「冷静になれ。大丈夫、まだ、終わらない」
自分に言い聞かせるように、思考をリセットする。
(待て、俺の能力の有効範囲はどこだ? 何メートルからアイツを攻撃できる? 指を折るまで、何秒だ? 首は? 俺に、その覚悟が出来るのか? ふざけるな。自分のことさえろくに分からねえじゃねえか――!!)
自分の、自分への理解のなさに半ば愕然とする。
声は、斜め上から降ってきた。
「オイオイ。もう鬼ごっこは終わりか?」
爆弾魔はにやにや笑いながら石を拾う。
指揮は取り繕うように、にやりと笑う。
「ああ。もう終わりだ。石を投げつけて殺そうなんてチキンは楽勝でぶっ倒せるからな」
爆弾魔はその言葉に、怒りもしなければ悲しみもしなかった。
ただ、元素を説明する科学者のように理路整然とした様子で、言う。
「俺の能力は『ボマー』っていう。俺のポリシーってのをそのまま名づけた訳だ。要するに、爆発させて殺す。この手で、触れて殺す。汚ねえ花火ってヤツだ。もしくは芸術は爆発だ、だ。知ってるか?」
指揮は石を拾い、爆弾魔に投げつける。
石は爆弾魔の頭にぶつかり、土手に紛れ込んだ。爆弾魔の持っていた石も、土手に転がり、紛れた。
「いってえ……」
爆弾魔は憂鬱そうに額を擦る。
「覚悟でも決めたのか? 怯えねえのな。つまんねえ……。あのファミレスじゃ、突っつけばボロが出そうで面白そうだったんだけどなあ……」
「そう、かよ。最初っから、俺を標的にしてた訳だ」
正直、そんな事はもうどうでも良かった。
どっちにしろ命を狙われているのだ。
無意識に一歩下がる。
泥で靴底が少し沈む。もう一歩下がれば、川だ。
心臓が破裂しそうな程に痛い。
爆弾魔は面倒くさそうに、後頭部を掻く。
土手の一部が液体爆薬で爆発させたように小さく破裂した。
土埃が爆弾魔を祝福するように、舞う。
「ま、そうだな。て言っても、会えればいいなあレベルだけどな。ファミレスを出た時はもう居なかったし。そもそも俺は夜に行動してたんだ。その方が爆発が綺麗だし、人も居ないからな」
汗が無尽蔵に溢れ、鼓動がうるさく高鳴り、呼吸は荒く、意識しなければ止めてしまいそうだ。
爆弾魔は少し声を切ってから、
「でもまあアレだ。昼間の爆発っていうのも見たかったんだよな」
喋れ、喋れ、時間が欲しいんだ、指揮はそう念じつつ、思考を回転させる。
指揮は脳内で様々な情報が交錯し合い、様々な悲観的な仮説や楽観的な仮説が成り立つ。
矛盾があるものは思考から排除する。
楽観的な仮説は脳内に留める程度に残す。
ベースにし、頼るべきは悲観的な能力の仮説だ。
楽観的な仮説に縋り、頼ると絶対にヤバイ。
簡単に、殺される。
姫があの場でどこかへ行った時と同じだ。
大丈夫。そんな風に考えてはいけない。
敵の能力は、思考する上で、最悪であるべきだ。
「夜の方がやっぱり、綺麗だったな。それに人があそこまで騒ぐとは思わなかった」
爆弾魔の声は軽やかだった。料理が少し焦げてしまった、そんなことを報告してくるような軽さ。
指揮の思考は悪意の塊に、無理やり断絶され、燃やされた。