逃走
恐怖が心の底から沸き上がってくる。がむしゃらに走る。
それと同時に『爆弾魔』の話を思い出した。
爆弾で人を殺す、人間。
ひうっと、息を吸ったのか吐いたのか曖昧になり、もう一度吸い込んだ。
(そんな……爆弾魔? 俺が、アイツの標的?)
触っただけで、袋を爆破させたことから見ても明らかだ、無意識に自分を追い込む肯定材料が浮かんだ。
爆弾魔の事件を見ても、「またか」「早く捕まればいいのにな」その程度だった存在が、指揮の中で確固たるモノになっている。
指揮自身の人生を大きく揺るがす存在になってしまった。
恐怖で体幹が揺らいでいるのか、時々こけそうになる。
通行人と地面が混合し、視界がぐらつく。
道行く人たちに奇異な視線で見られるが、構わず走り続ける。
爆弾魔はどこに居るのか。立ち止まってもいいのか。後ろを見ていいのかと混乱する。
速度を落としちゃ駄目だ。それだけを念頭に置く。
「爆弾魔が来る!!」
そう叫べば、助かるだろうか? 恐怖に狂う心の隙間から希望が割り込んだ、気がした。
爆弾魔を倒せる一般人なんて居ない。
裏路地を突っ切り、駐車場を横切り、車道に飛び出す。
行きにくい場所を突っ切り、爆弾魔を撒く。
それだけしか考えない。考えれない。
家と家の間の狭い裏路地に入り、立てかけている板を慌てて蹴り飛ばし、室外機を跨いで走る。
完全なロスだ、自分の寿命を削られるような焦燥感が指揮の心を犯す。首を捻り、後ろを見る。
爆弾魔は居ない。
「居な、い……?」
ホッとした瞬間、警察の存在を思い出した。
「あ、警察……」
ジャンパーのポケットから取り出したケータイに番号を打つ。
「110だったっけ? 119が救急車? いや、消防車か……」
本能が精神の安定を図ろうとしているのか、いやに軽妙に口が開く。
その時、前方から爆発音がした。
額に何か硬い物が当たり、鋭い痛みが走る。それと同時に甲高い音が何重にもなって耳を叩いた。
そして、一瞬遅れて足にも硬い物が当たる。
「い……ッ!?」
額を思わず、掌で押さえた。
瞳の中に血が入り、瞬きをする。
「何だ、今の……!?」
動いた方がいいのか、それともこの場に止まった方がいいのかわからない。
ゆっくりと、ケータイをポケットにしまう。
固まり、どうすればいいのかわからなくなる。
逃げるべきだ、そう思ったが向こうにどんな罠が待ち構えているのかもわからない。
決めかねて後ろを向いた。
と、爆弾魔が裏路地の入り口に居た。
胃が急速に縮まる。痛い。
爆弾魔は石を投げ込んだ。
山を描き、指揮の顔に当たる軌道だ。
指揮はこれがさっきの攻撃の正体だったのかと、石に背を向け逃げ出す。
爆破して、石を鉄砲代わりにしたのだ。
一瞬、曲がり角に飛び込むべきか迷う。
その迷いが、致命的。
爆発音が鳴った。
薄暗い路地裏が一瞬、赤く光る。
「が……ッ!!?」
大量の何かが背中を潰す勢いで当たった。
まるで散弾銃のような勢いだ。
さっきとは桁違いの威力と量を伴っている。
家の壁の塗装が剥げたのを視界の端で捕らえた。
衝撃が背中から腹へと突き抜け、酸素が口から吐き出される。
地面に右脇から崩れ落ちた。
「な、んで……!!?」
今の攻撃が、あんな威力になったりするのか? 指揮は思いながら、立ち上がろうとする。
(まさか、能力に慣れていない?)
背中の痛みは、歯を食い縛り我慢する。
直後、裏路地の向こうからコンクリートブロックが緩いカーブを描きながら飛んできた。
「嘘、だろ……?」
指揮は後ろを見ながら、本気で脚を動かす。恐怖で足が竦みそうになるが、地面を蹴り飛ばす。
少しでも、前へ。
焦りと恐怖がジリジリと身を焦がす。
その時、ブロックが赤黒い光を幾重にも発し、爆発した。
反射的に、曲がり角へと思い切り身を捻って飛び込んだ。
銃を手当たり次第に乱射したような音が幾重にも重なり、耳を穿つ。
ブレザーの一部が石で切り裂かれた。
靴に石が当たり、空中での姿勢が切り替わった。足が割れるような痛みが襲う。
悲鳴のような息を鋭く吐き出す。
足を軸に右回転し、錆びついた自転車を蹴り飛ばしてしまう。
勢いは衰えず、そのまま顔面が地面に擦れる、そう予感した。咄嗟に右腕を盾のように突き出す。
地面に擦れ、痛みを発する。
一度、小さく弾んでから自転車にもたれ掛かるように倒れた。
よろめきながら、立ち上がろうとする。
足の骨が悲鳴を上げるように痛みを生み出すが、今は一メートルでも遠くに逃げなくてはならない。
ケータイの存在を思い出し、ポケットから取り出す。
警察だ。
警察にかければ、アイツを逮捕できる。
「は、は……ぜってえ、逃げ切って逮捕されてるところを見てやる」
一縷の希望を元に自転車を跨ぎ、通行止めにしている塀をよじ登り、ボロボロの身体で走り出す。