殺人
指揮は素早く頭上を見上げた。
苛立ちが心中で渦巻く。
声、かけて欲しくなかったのに、と指揮は鬱陶しく感じる。
目の前には男が居た。
「……殺しがどうとか言ってなかったか?」
訝しげに男が言う。
「言ったけど……」
「ふーん。お前、俺と同じ趣味の人間か?」
「趣味……?」
何、言ってやがる? 指揮は思わず、身体を緊張で固め、男を観察する。
男は地味な顔の男性だった。
五秒この男を見なければ、忘れてしまいそうな程に特徴がなかった。
しかし、地味な外見とは裏腹に暴力的なまでの狡猾さがその表情に見え隠れし、指揮の心をチクチクと針のように刺激する。
それが、特徴と言えば特徴だった。
「殺しを趣味にしてるかどうかって聞いてんだよ。わかるだろ?」
日常会話のように軽々しく言う。
その軽々しさが異常に感じられ、指揮の身体を縛り上げる。
得体の知れない見えない触手が指揮の身体の内部を飲み込み、体内温度を下げた。
(殺される……!!?)
苛立ちを破壊し、恐怖が雪崩のように指揮の心を飲み込む。
指揮は指を辛うじて、動かす。
動かせた。
唇を動かすが、擦れて声が出ない。
一度、息を吸うと声を出した。
「ああ。分かる。俺も、殺しが趣味なんだ」
はは、と笑う。
格好悪い。そう思うが殺されたくはない。
「ふーん」
男は納得したように声を出す。
指揮は思わず、脱力しそうになる。
よかった。
「嘘だな」
断言するその言葉に身体が震えた。
絶望に塗れそうになる。
身体が、動かない。
殺されるようとしているのに、殺されない妄想を抱いている。
大丈夫なんじゃないだろうか? そんな思いが心の奥底で膨れた。
「じゃあ、死ね」
腕を指揮の肩に向け、動かす。
「う、わあああああああああ!!?」
本能的な恐怖に、指揮は叫び、後ろに下がる。
強い風が吹いた。後押ししてくれているようだ。
背を向けて、立ち上がろうとする。
手がすっと伸びてくる感覚が背に圧迫感を与える。
指揮の背中に手が当たった。
ぐしゃり、袋を潰したような音が背後から聞こえる。
押された勢いで、走りながら後ろを見た。
袋が男の掌にくっついている。
さっきの風のお陰で木に掛かっていた袋が落ちたのだ。
男はチッ、と舌打ちすると同時に袋が赤い閃光を纏い、弾け飛んだ。
(な……ッ!!?)
恐怖が競りあがった。
「ころ、殺される!!」
「……かはっ! 誰が殺されるって信じる!?」
そう言って指揮を追って男は走り出す。