偽りの優しさ
黒髪と金髪は少年を小突いて財布を覗いていた。
下卑た笑い声が耳に障る。
「おいテメエら」
声は震えて、二人の顔が直視できない。
でも、助ける。
助けてみせる。
「何でソイツ苛めてんだよ」
ファミレス内の雰囲気が一変したのを肌で感じる。
期待と羨望と嘲笑の交じり合った雰囲気だ。
少年が期待の眼差しを向けてくる。
指揮は過去の自分を見ているようで、何とも言えない気分になる。
重い口が開く。
「ソイツを離せ。苛めなんて最低な真似は止めろよ」
二人は同時に噴出した。
「な、何!? 正義の味方気取り!?」
金髪は立ち上がって指揮の肩を左腕で抱き、顔を覗きこんで笑う。
端正な顔立ちだ。
何で不良ってイケメンが多いんだろう、とか関係ないことを考える。
そうじゃなきゃ、怖くて逃げ出しそうだった。
姫には頼らない。
「俺の力で収束して、謝らないと……」
不意にそんな思いまで出て、口をつく。
俺は利用しようとしたことを謝りたかったのか、そう気づいた。
「こんな小さな苛めじゃなくて殺人事件だとか腐った日本政府を叩きなおすとかすればいいんじゃないですかねえ」
黒髪はニヤニヤ笑いながら、ウーロン茶を飲む。
「不良のくせに世論語ってんじゃねえよ。さっさとソイツを離せ。可哀想だろ」
肩を抱いてニヤニヤ笑う金髪はだらしなく垂らしている右腕で指揮の腹を容赦なく殴った。
「う……っ!?」
胃が押し潰され、食べ物が逆流しそうになる。
吐血のように唾が口から出た。
腹を抱くように押さえる。
鈍い痛みが腹部を支配する。
(やばい逃げ出したい……)
こんな平然と他人に暴力を振るうような連中に指揮が太刀打ちできると思えない。
しかし、後ろには下がらない。
こんなの相手に下がっていたら十字団なんて組織に敵対できる筈がない。
真横からガラスが落ち、割れる音が聞こえた。多分、コップだ。次いで諭すような声が聞こえる。行っても仕方ないって、と。
指揮は腹部を押さえながら金髪を睨む。
「早く、離せよ」
「よっええ! 正義の味方気取ってんだからもうちょい強いかと思ってたんだけど、な!」
見下すことに快感を覚えるように笑って、指揮の腹部に当てていた掌を蹴り飛ばす。
指揮は、吹き飛びテーブルに頭を打つ。
頭に電流が走ったような衝撃が走り、クラクラする。
「いってえ……」
唐突に、指揮の頭に掌が乗っけられた。
「え?」
頭上を見ると、姫が立ち上がっていた。
「ひ、め……?」
「私がやる。コイツらボコボコにしてあげるわ」
「俺が! 俺が収束する! お前に任せらんねえ!」
指揮が姫の脚を掴んで言う。
(今は俺が収束しないと意味がない)
姫が言ったんだ。
『開放される手段なんて反逆しないのよ』
指揮自身の決意の為にも、あの少年を勇気付ける為にだって――無力な指揮が立ち向かうしかない。
姫が不良をボコボコにしたところで、特別な体験で終わってしまう。
「それに、お前に謝らなくちゃなんないことがあるんだ」
「何?」
姫は指揮を見下ろして、言う。
金髪はへーと姫を見て、薄ら笑いを浮かべる。
「ソイツの彼女?」
指揮は、姫の瞳を真っ直ぐに見て、言う。。
「お前を利用しようとして、愛想を尽かされないように優しくしてた。自分の身を護るためにボディーガードが欲しかったから……ごめん」
「……私だって十字団を誘き寄せる為の『餌』として、利用しようとしてたし、お互い様よ」
そう言って、姫は金髪を見やる。
その時。
姫の目の色が変わった。
動揺したかのように金髪を――いや、窓の外を見たまま動かない。
指揮が不審に思って、声をかけようと唇を動かした瞬間。
「あ……」
姫は怪我をした脚で走り出したかと思うと、不良も苛めらっ子も無視してファミレスの出口から外に出た。
金髪は首を捻って言う。
「何だ……?」