金銭での揉め事ってない方がいいよね
「彼女さんにはこんな服が似合うんじゃないでしょうか? 値段も手ごろですよ」
女性店員さんがにこやかに三千円もする白のブラウスを手に取ってきた。
手ごろ? ふざけるな。
(俺はいっつも千円均一のシャツとズボン。そして、三千円以内のジャンパーで冬を過ごすって言うのに、この値段……ッ!!)
そもそも、こんな所に入ったのが間違いだった。
いつも狙い目にしているワゴンセールがやはりと言うべきかなかったので、二階の服売り場で最初に見つけた場所に軽々しく来たのに、値段はヘビー級。即刻白いタオルを投げ込むレベルである。
指揮は足らなく立った場合のお金は持っているが、それは『起こってはならない』事態のために持っているに過ぎないのだ。
解毒剤を持っているからといって進んで毒を喰らいたい訳ではない。
姫はブラウスを店員さんの手から取ろうとする。
指揮は今にもブラウスを取りそうな姫の手を取り、自分の下に引っ張った。
体重の軽い姫は割と簡単に引っ張られ、科を上目遣いで見る。
「姫さん? ココは僕らの身の丈に合わないから止めよう」
と、店員に聞かれないように小声で言う。
「何で?」
「金。ない」
「……なら、仕方ないわね」
と、貧乏に寛容な姫が言う。
貧乏に寛容なお姫様も珍しい。
その『寛容さ』がなぜか指揮の心に重しとなり、罪悪感を生む。
「あー晩飯を少し削れば、何とかなるかも、だけど……」
指揮は取ってつけたように打開策を示す。
「……因みに、私がいいって言えば、服はどうなるの?」
「…………まあ、間違いなくあの隅にある『大特価』って書かれてる店に突撃することになるかな」
「じゃあそこでいいよ」
姫はそう言ってその店に歩き始める。
指揮は店員に頭を下げて、姫のあとを追う。
◆◆◆◆◆◆◆
総合スーパー『tinann』内、ファミリーレストラン『案鳥』の窓際の一席に一人の美少女とその友達二人が座っていた。
但し、それは異様に浮いていた。
なぜなら二人掛けのソファに三人で座っているという不自然極まりない光景であるからだ。
しかし、三人はその事実に気づかない。
この店では一つ一つのテーブルの前後に曇りガラスが立てかけてあり、テーブル同士を区切っているので指揮と姫のテーブルの後ろを占拠するなど造作もなかった。
話が聞こえる。
『んー首のとこがチクチクする』
『それはしょうがないです。帰ったらタグを綺麗に切ってやるから』
『出来るの?』
『言っとくけど、俺はタグ嫌いで有名なんだ。すっげえ綺麗にタグを切断できる。タグ切りなら五右衛門なみだな』
『バッカじゃないの?』
三人はふむふむとその会話を聞き、
「あ……」
真横から声が聞こえて紀伊、弥生と杏は、声の主を見る。
右手にビデオカメラ、左手に『tunann』とプリントされた袋を持った女の子が紀伊たちの方を見て残念そうに息を吐く。
「先客が居たんですね」
そして、ビデオカメラを脇に抱えながらふらっと指揮のテーブルの後ろに着いた。
弥生は紀伊を見て言う。
「……あと一歩遅かったらやばかったね」
入り口近くのこの席でなければ見つかってバレるところだったので紀伊も頷く。
「うんよかった。ギリギリセーフだね」
立て板の向こうに聞き耳を立てながら三人は喋る。
「……彼女じゃね?」
と、ヒソヒソ声を落として杏が言う。
「違う、と思う」
と、紀伊。
「いや、もうアレは明らか彼女だって。同棲中じゃないの? どーせー中。あ、どーせーとどーてーって似てない!?」
じっ、と二人に白い目で見つめられ、しゅん、と弥生はしょ気返る。
「何でそう思うの?」
杏はそう問いかける。
「名前呼びだし、ナチュラルに手を引っ張ったし服買ってあげてるし一緒に食事してるし。『帰ったらタグ切ってあげるよ……ふっ』とか、あと、下着とか一緒に買ってたし証拠だらけだと思うけど」
そう、何だろうか? 紀伊はそう首を捻る。
何となく違う気がする。
紀伊の能力――『テレパシー』があるせいなのか、人の感情が敏感に感じ取れるところがある。
くっ付くと思った男女は百パーセントくっ付くし。
女の勘、とも言うかも知れない。
それはともかくとして、姫と指揮の間には恋人特有の甘さがない気がする。
「何? やっぱ紀伊ってば指揮のことが? キャー可愛い」
ツンツンと頬を突いてくる弥生の指をとりあえず、掴んで引き剥がす。
妬いてるのは認める(誰にも言わないが)。
けど、それは自分のことを名前で呼んでくれないのに姫のことは名前呼びだからであり、それ以外の何物でもないのだ。
再度聞き耳を立てる。
『姫ってさ。化粧とかしねえの?』
『何で?』
『何で? って……女の子はするものかなあ、と。まあ化粧水くらいなら買える余裕あるし』
『別にいいわよ。化粧なんて面倒くさいし。そもそも化粧って女が男を落とす為の手段でしょ?』
『高校生辺りは自分で楽しむ為のものだと思うし、大人は身嗜みみたいなもんだと思うけどなあ。ホラ、偶にえげつない化粧してる高校生とか居るし。あれじゃあ男は引くって』
親しげに会話している事実に紀伊は少しむっとする。
「何で私相手だとあんなんなんだろう?」
「あんなんって?」
お冷を飲みながら弥生は訊く。杏が楽しそうに店員を呼ぶベルを押す。
「んー。何かクラスで話すと迷惑そうだし。嫌われてるのかな……」
能力者の情報源だから仲良くしてもらってるだけなのかも、そう考えると涙が滲みそうになる。
紀伊は指揮が好きなのに。……勿論、友達として、だけど!
「あーただ単に男どもの嫉妬が嫌なんじゃない? ほら、恋人って誤解されてる訳だし?」
「誰のせい? 誰の?」
「わ、私と杏のせいかなあ? なーんて。あっはっは」
嫌われてないならそれでいいんだけど、と紀伊は言う。
そうか、嫉妬が嫌なのか。
(なら、私が男子にこう嫉妬しないでって言えば……あれ? でも嫉妬?)
「何で恋人同士だと嫉妬されるの?」
「……んー超絶鈍感逆ハー女のあんたに理解できるかはわかんないけど……」
「失礼な! 私は人の心には敏感な方だよ!」
能力だって精神に関係してるし。
「はいはい。ま、クラス内の男子の五分の一くらいがアンタに惚れちゃってるからねー」
「へ?」
少し、ビックリして自分に人を惹きつける要素なんてあっただろうか? と紀伊は考える。
考えるが思いつかない。
「何で?」
「……んー可愛いからじゃない?」
「化粧もしてないよ? もっと可愛い子居るでしょ? 神宮寺さんとか」
紀伊はお洒落に興味はないし、どちらかと言うと『オカルト』や『超能力』の方に興味があるのだ。
お世辞にも可愛い女の子像と一致するとは思えない。
「神宮寺も可愛いけど……。はあ、何つーか。スッゴイムカついてきたなあその鈍感にも……」
「ええ?」
「可愛いんだよアンタは。理由はそんだけ。以上」
吐き捨てるような言い切り、窓の方へ顔を向ける。
でも、解決策はわかった。
指揮と恋人だと思うから妬いているのだったら、恋人ではなく友達だと……否、何でも言い合える親友だと言えばいいのだ。
せっかく、何でも話し合える友達が出来たと思ったのに。学校外限定なんて冗談じゃない。
鈴野は決意も新たに持ったのだった。