ナイフと焦燥
独り静かに十字路を横切る。
丈夫な布製の鞄をブラブラ振る。
「で。トリックは? か……」
信じるわけねえよなあ、と指揮は諦めたように呟いた。
五人の女子と元那の追求を逃れて帰ったのはいいものの、自分の『スプーン曲げ』は信じてもらえなかった。
「だから常識とか科学は嫌いなんだ」
世界中の人々は夢やこういう『異能』を決して信じない。
科学だって後付の塊の癖に世界はそれを盲信する。
「なあ、指揮……」
殺気の籠った低音の声。
変わり果てた科の声に一瞬、誰の声だかわからなかった。
指揮はその声に動揺するが、それを押し隠し振り向く。
「よお。何だよ?」
そこで、科の手に持っている凶器を見た。
いや、あまりの存在感――異質さに目が勝手に惹かれたのだ。
茜色の日差しを浴び、銀色に輝くソレ。
「なあ銃刀法違反って知ってか?」
小さな、だが、確実に人を殺せるであろうナイフが友人である科の手に握られている。
科は指揮に一歩一歩近づき綺麗に流れる清流を思わせる口調で話す。声には感情が籠っていない。
「正式名称、銃砲刀剣類所持等取締法。刃体の長さが六センチメートルを越える刀剣類の所持を禁止されてる。まあまだまだ細かい決まりはあるけそそんなの覚えてもしょうがないだろ」
指揮はそんな話をもう聞いていない。
ただ、なす術もなくナイフを見るだけだ。
頭が混乱して何をするべきかがわからない。
何で科が?
殺す気、なのか?
そう意識した瞬間、わかっていた筈なのに何かが爆発したように汗が一気に流れ、身体が針金で巻かれたように動けなくなる。
ない! それはない。
「コレは刃体五・七センチ、刃の厚さ〇・三センチの、お前を殺すナイフだ」
ナイフを科は自分の顔の前に持ってきて見せつける。
余りにも自分が信じていた現実と剥離しすぎて脳内にある筈の全ての情報が消し飛んだ。
雪のように清清しい程の、白。
「友達だったからな……最期の望みくらいは聞いてやる。どう殺して欲しい?」
「ふ、ざ、けんなよテメエ……何で俺を? おかしいだろ!」
指揮の荒げた声に科は薄く、残酷に笑う。
「お前は超能力者だっつーのにそれを知らずに生きてたのか」
ははっと、顔を歪めてナイフを一度力強く振るう。
「……十字団の聖騎士としての使命だ」
ふっと、科は踏み込んだ。
(速……っ!?)
科の運動能力は常人並みだった筈なのに。
五十メートル八秒台の筈のその足で、あまりにも素早く指揮の胸元に滑り込んだ。
「な……ッ!!?」
腕を咄嗟に交差させ、後ろに飛びのくと同時に目を閉じて迫り来る斬撃を意識する。
服の繊維を噛み千切り、血肉を薄く切り取った。
「い……たッ!?」
交差した腕を即座に振るって解き、一気に開いた視界から十字路から飛び出してきた女子高生と、科が見えた。
予想外の事態に一瞬混乱を来たすがすぐに理解する。
おそらくは帰り道の途中なのだ。あの女子は。
「逃げろおおおおおおお!!」
必死の叫びを意にも介さず、その女子は肩甲骨の辺りまで伸ばした髪を無造作に振りまきながら走ってきた。
「逃げて!」
黒目がちなその瞳を指揮に向け、大きな声で叫ぶ。
科は大きく溜息を吐いてから、面倒くさそうに呟いた。
「まずはコイツを片すか」
絶望が頭の内を過ぎる。
冷や汗と眩暈を感じた。
どうする――!?
どうする!?
(どうすればいい!?)