尾行大作戦
学校の玄関前で石ころを蹴っている少女の元へ行く。
姫はコートの代わりに指揮の深緑色のジャンパーを着込んでいる。
姫はマフラーがなくて寒いのか、時折ぶるっと身震いをしていた。
可愛いその仕草にナンパにかかるのではないか、と指揮は心配する。
無論、心配する相手は男の方だ。
十字団と間違って張り倒されるかもしれない。
重力を自分の意思で変化させれるのだから。
「姫~! お待たせ」
「遅いわよ」
「ごめんごめん」
そう言って歩く二人の目的地は『tinann』――所謂、『総合スーパー』だ。
◆◆◆◆◆◆◆
「ちょいちょいちょいちょい! これは浮気なんじゃないの!?」
弥生が紀伊の背中を叩いて、女の子と指揮を指し示す。
うわーと、手を口に当てて言う杏。
「んー。兄妹なんじゃない?」
紀伊は無難に否定材料を述べた。
指揮は女の子と付き合えるような男じゃないような気がする。
顔は可愛いし、モテる要素はあるだろうけど。
「そう、かあ? まあ、大船の家族構成なんて聞いたことないけど……」
「んーアイツは独り暮らしで妹なんて居ないぞ。弟なら居るけど」
いきなりかけられた声に二人はビックリして後ろを振り向く。
臼倉元那が居た。
「な、何だ臼倉か……」
「何だとは何だよ。俺がせっかくいい情報を教えてやったのに」
臼倉は不服そうに唇を尖らせて文句を言う。
「ありがと。臼倉くん」
紀伊は目一杯の笑顔を浮かべる。
「ま、いいってことよ。じゃあ俺用事あるから」
そう言って回れ右をするが、思い出したように立ち止まり、言う。
「指揮のこと好きなの?」
後ろを向いて顔は見えないが、きっとにやにや笑っているのだろう。
紀伊が否定する前に、元那は言う。
「……ま、訊くのもアレだしいいや」
それから真剣な声音で言った。
「……あと、指揮をよろしく頼むな。彼女だし」
「……うん? あ、わかった」
紀伊は『よろしく頼むな』と言う言葉に頷いてから、彼女という部分を否定しようと声を発そうとするが、
「じゃあな」
そう言って元那は帰って行ってしまった。誤解を残しながら。
「「また明日ー」」
弥生と杏はそう言って臼倉元那に手を振ってから、お互い顔を見合わせる。
「どうする?」
「どうしよう?」
「「アンタアイツの彼女でしょ!?」」
二人の噛み付くような声音に若干引きながら、言う。
「いや、違うけど……でも、気になるなあ」
「ほっほう。片思いですかな?」
と、弥生が意地の悪い笑みを浮かべる。
「……ち、違うもん!」
「はいはい。そうですかー片思いですかー」
と、歌うように杏が追撃する。
「だから違うってば!」
紀伊はそう言ってから、指揮に姫と呼ばれていた少女と指揮を見る。
「でも、気になるよね? あんな可愛い子とあんな冴えない男がどんな関係なのか」
「弥生? すっごく燃えてるけど大丈夫?」
「ヘイヘイヘイ! 私たちは行くぜ! アンタはどうする?」
弥生はゴールを守るキーパーのように股を開いて、手を連続して叩く。
「……」
紀伊は少しの間、黙る。
指揮は「姫」と名前で呼んでいた。
それに少し妬いてしまったのは事実だ。
どんな関係なのかは正直気になる。
視界から消えそうになる二人を見て、言った。
「……行く」
「「そうこなくっちゃ!」」
弥生と杏はいつになく燃えていた。