情報開示
中心に六十センチほどの穴の開いている円卓で五人が椅子に座って会話していた。
「ったく。ふざけた十字士が入ってきたもんだなァ? オイ」
頭髪をツンツンと逆立てた二十代ほどの青年が中心に佇む青年に言う。
青年は身動ぎもせずにただ項垂れている。
自分のしたことの重大さがようやく分かったのだ。
脂汗が額に玉を作り、瞼は痙攣したように震えている。
上目遣いで、目の前の聖騎士を見つめた。
「『世界の異物を潰しましょう』って募金して周ったんだったか……?」
ホストのような綺麗な外見を持った男が円卓の上の足を乗せ――勢い良く、そのまま足を跳ね上げた。
元々それほど大きくない円卓の中心に立たされていた青年は顎を蹴り飛ばされる。
「あ、が……っ!!?」
青年は円卓に手を付けて急いで頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした!!」
頭を下げ続ける青年に当惑したように端正な顔をした女性が言う。
「はあ……あのさ。ウチの組織はまず秘密第一な訳。信用でも健康でも安全でもないよ。秘密結社だよ秘密結社」
「はい……」
青年は女性の顔を見て言う。
女性の反対側に座っていた少年は悪魔のように口端を吊り上げながら、死刑宣告をする。
「まあ、ぶっちゃけ。お前は半殺しなんだけどね。ホラ。見せしめとか常識じゃん?」
青年は息の仕方を間違えたのか、喉に空気を詰まらせ咽る。
「……そんな! 俺は十字団の為に!」
「うるせえなあ……そもそもお前は今まで役に立ったのかよ?」
一番マトモそうな外見をした青年が問いかける。
「……立ってないから立とうと思って――! それで……ッ!!」
青白い顔で、必死に舌を動かして喋る青年に向けて、銃声が鳴った。
血が円卓に飛び散る。
「うるせえよ。そもそも理想だけで行動が伴ってなきゃ世間じゃ通用しねえんだよボケが」
ホストのような外見をした男は銃から立ち上る白煙を軽く吹く。
「あ、あ……」
青年は腹を押さえて、円卓によりかかり呻く。
「もう一発撃って、見せしめにするか。コレからはこういう奴が出ないようにしないとな」
引き金を引いた。
◆◆◆◆◆◆◆
科は廊下に設置されている自動販売機で缶コーヒーを買い、飲んでいた。
科はコーヒーを呷るように飲む。
曲がり角から現れた人物を視界の端に見つけて、コーヒーを飲む手を一度止める。
「科。お前は聖騎士会議に出ないのかい?」
歩きながら科に喋りかけてきた人物こそ、この十字団のリーダー『神村駆流』だった。
ユニセックスな容姿をした甘いマスクが特徴的なその人物は正に十字団の象徴と言ってもいい。
適度にしわのある顔は歳相応の精悍さも備えさせていた。
科を養育してくれた恩人でもある。
「苦手なんだよあの人たち……」
苦虫を噛み潰したような顔で科は言う。
「ふっ。確かに彼らは乱暴的だからな」
柔らかなその声音には心から癒される響きがある。
「しかし、彼らの援助なしではこの組織は回らないし、実力だって本物だ」
「知ってるけど駄目だ。好きになれない」
超能力者を狩ることを信条とし、人を殺すことを楽しむ最低の奴ら。
人として、好きになれるわけがない。
無意識に嫌悪感さえ湧いてくる。
「そういえば超能力者を立て続けに殺すのを失敗したんだって? 聖騎士の皆が怒ってたぞ」
「まあ……」
聖騎士たちにはいっそ清清しい程に、嫌味を言われ蔑視を投げかけられたし、罵詈雑言を浴びせられた。
「お前ほどに殺しの才能を持った奴も居ないと思うんだけど……もしかしてワザと逃がした?」
え? と科はそのセリフに意味もなく動揺する。
「殺したくない?」
穏やかに、駆流は言う。
科は僅かに逡巡して、言葉を搾り取った。
「殺すべき……っていうのが、ココの教えだろ」
「殺したくないか否かを聞きたかったんだけど。まあいいや。どうせ死ぬんだからな」
駆流の言葉に科は奥歯を噛み締める。
超能力者に残された時間は僅かしかない、らしい。
科もまだよく知らない。
「月一の集会に決起集会もあるし、大変だ」
そう言って駆流は去った。
科は迷いを飲み込むように温くなったコーヒーを唇につける。
◆◆◆◆◆◆◆
「わかってるってうるさいなあ」
佐藤香苗は顔を顰めて携帯電話に喋りかける。
黒のスーツ姿に踵の高いヒールを履いた端正な顔立ちをした女性だ。
明らかに高級なソファの座り心地を満喫していたのに仕事仲間からの電話にうんざりする。
「あのなあ大丈夫だとは思うけど『使者』としてシッカリしろよ。お前はアメリカからの使者なんだぞ? ちゃんとした日本語で喋れよ。アメリカの使者でシッカリした日本語っていうのもアレだけどさ」
赤を基調とした広い部屋の隅に置いてある観葉植物に目をやりながら言う。
何ていう名前なんだろう? あの植物。
「あ、そうだ」
何か重大な事を思い出したかのような口調に思わず、聞き入る。植物の事は簡単に頭から吹っ飛んだ。
「敬語って知ってるか?」
からかい口調で言う電話の主に、香苗はむっとする。
「知ってますよ。残念ながら。敬語に種類があるのも知ってますよ? 貴方様は知っていらっしゃいました?」
明らかに馬鹿にした声音で敬語を使う香苗にむっとした雰囲気がケータイ越しからでも伝わってきた。
笑みが少し漏れる。
「昔のことを思い出しますね」
「ああ、そうだな。お互いに初めてだった訳だしな」
「あ! 神村さんが来たので、切りますね」
最後まで、馬鹿にした声音の敬語で言ってからケータイを切った。
赤のドアから入ってきた神村の方を見る。
ふんわりとした髪の毛に、優しげな瞳。
どう見ても、であり、狂った集団のトップとは思えない。
「今さっきの電話相手って誰だった?」
「ただの仕事仲間ですよ。何でもロシアの『フロシャイル』っていう組織に兵器を売りに行ってるんですって」
「アメリカって言うのは、全世界に兵器を輸出しているのか?」
神村は対面にあったソファに座り、問う。
「アメリカっていうか、どこにでも犯罪に手を伸ばす者は居るって事で……私達の組織もそうですしね。書類も送っておきましたよね。そちらの活動目的って何なんですか? まあ、言いたくないんなら別にいいんですけど」
「超能力者殺し……」
「超能力者?」
神村は水を注げば消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべると言った。
「そう。世界の異質を殺し尽くすのがココの目的だ」