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素顔

「さっき怪我したので保険証がないんですけど……」

 指揮が困ったように眉根を寄せて言うと受付の三十代ほどの女性はうーん、と少し唸った後、

「仕方ないですね。ココにフルネームと住所電話番号をお願いします」

 そう言ってボードに挟まれた紙とボールペンを須藤に渡した。

 須藤は一瞬躊躇したかのようにボールペンとボードを受け取る。

「コレ、絶対に書かなくちゃ駄目なの?」

「駄目に決まってんだろ」

 と、壱はキッパリ言い放つ。

『須藤』

 と、書いてから一瞬の間の後。

『姫』

 と書く。

「ぶはっ! 姫?」

「うっさいわね。私の名前よ。私の名前!」

「いや、いい名前だと思うけど……」

 壱は少し微笑んで言う。

 作り笑いに完全なるお世辞なのだが、須藤はスッカリ気をよくしたようで頬を緩ませながら、

「ふーん。じゃあ姫って呼んでもいいわよ」

 何て言っている。

 姫、という名前で馬鹿にされていたのかも知れない。

「お姫様のお手が止まっているようですが?」

 マフラーで隠されていない上半分の眼光がキラッと光って指揮を串刺しにする。

 怖い。

 そして、弱々しく眼光を潜めて爪先立ちをして指揮の耳元で言う。

「私、さ……ネットカフェに住んでるんだけど……」

「……オイ」

「電話番号もないよ……」

 少々迷ったが、指揮は少しマフラーをずらすと形の良い耳を見て、言う。

「俺の家と電話番号を書け」

「分かったよ」

 そんな一悶着もあったがどうにか診察まで漕ぎ着けた。


◆◆◆◆◆◆◆


 端正な顔をした女性の看護師さんに招かれて着た診察室で、紀伊が緊張したように突っ立っていた。

「座れば?」

「分かってるわよ」

 指揮の助言に口答えしてから座る。

「うわー痛そう……」

 椅子に座って、ボールペンを走らせていた医者が紀伊のコートから流れ出る血を見て言う。

 研究者のような無精ヒゲを作っている『オッサン』という感じの医師だ。

 名前のプレートには『陣内千夏じんないちなつ』と書かれていた。

「っていうか、お嬢さんその格好は巷で流行ってるのかい? その……汚い服装。前まではペンキや穴の開いたジーパンだったりしたけど……今回は黒コート? 俺ももう歳だね。全然わかんないや」

「別に流行ってないと思うけど」

 不機嫌そうにそう言う。

 いや、緊張しているのかもしれない。

「そう。それはよかった。流行なら取り入れないと女の子にモテないなあ、とか思案した所だよ今」

 ははは、と神経を逆撫でするように笑う。

 医者としての腕はいいのだろうか? と指揮は少々勘繰ってしまう。

「いやあ、流行といえば詐欺団にこの病院やられちゃって」

「先生!」

 と看護師が鋭く言う。

 余り知られたくはないらしい。

「もうニュースでやってるんだからいいじゃん。愚痴ったって」

「いや、患者に愚痴るなよ……」

 と、指揮がげんなりしたように口の中で呟く。

 誰にも聞こえなかった筈だ。

「この病院ね。院長がちょっとお金をネコババしててね、それを詐欺られた上に証拠を警察に出されたらしいよ」

 この頃巷を騒がせている詐欺集団である。

 財界の人間だとか政府関係者だとか、そう言った地位のある人間が狙われており、更に言えばその中でも汚職などに手を染めている『悪人』が罰せられているらしい。

 しかも、警察に証拠を出されるというオマケ付きだ。

 警察の面子にかけて詐欺集団を追っているが、世間の風潮は完全に『詐欺集団派』である。

 ファンクラブまで出来始めている始末だ。

「それは凄いな……」

「でしょ? そういえば、法令上とはいえ看護婦と看護士が撤廃されて『看護師』にされたのは殺意を覚えたね。君はそこら辺どう?」

「いや……どうって言われても……まあ看護婦、看護士はわかり易くていいと思いますけど……」

 指揮の賛同に、陣内は気をよくしたように、にんまりと笑う。

「ホラ。やっぱり看護婦の方がいいんだって! 今日で同意者十五人目だし、コレは署名を集めるべきかも!?」

「うっさいです。とっとと治療してやって下さい」

 にべもない看護師さん改め看護婦さん(予定)はジッと冷たい目で陣内を見る。

「……」

 変な二人組みだな、と指揮は思いながらも内心で、看護師を応援する。

 頑張れ頑張れ。

「あーはいはい。緊張は取れた?」

 笑顔でそう言いながら邪魔なコートを看護師が脱がす。都合上マフラーも取る。

 明らかに学校の物だとわかる小汚くなったスカートと少し黄ばんだシャツが露になる。

 あ、女の子だ、と思わず呟きそうになる程に華奢だった。

「ほう……」

 と、陣内は須藤の素顔を見てホッと溜息を吐く。

「どうしたんですか?」

 そう言いながら、姫の前へ行き素顔を見る。

 可愛かった。

 瞳は大きく鋭いが、黒目が宝石のように輝いている。

 眉だって寸分違わぬアーチを描いており、まるで化粧で描いたよう。

 唇は淡く薄い苺色。

 まるで絵画の中から飛び出してきたかのようだった。

「何ジロジロ見てんのよ」

 ホラ、と額を突かれる。

「別にジロジロなんかみてねえって」

 そう言って元の定位置に戻った。

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