弱さ
須藤は痛いのを我慢して病院までの道のりを歩いていた。
道行く人々に興味深そうに見られたり、同情の眼差しが降り注ぐが極力気にしないようにする。
「おぶってやろうか?」
「別にいいわよ……私の能力は重力制御だから。自分の体重は今限りなく〇だし」
「すっげえ……じゃああんなに速く走れたのも……?」
「そう。この能力のお陰。て言っても自分と物質にしか効かないし、ここら一帯を重力制御でペシャンコにするなんて事は無理。意外と不便よ」
「へー。俺の能力とは違うなあ」
感心と羨ましさが入り混じる。
スプーン曲げなんて何にも使えないのに。
「大船の能力は何なの?」
「テレビとかで見る超胡散臭いポピュラーな能力だな」
「……何それ?」
「スプーン曲げですハイ」
「スプーン曲げぇ?」
呆れたような驚いたような声を上げる。
「初めて見たわそんな弱々しい能力……一瞬で殺されるわよ」
そう、それが目下の指揮の悩みなのだ。
科がどこかへ逃げ去った時点で指揮は十字団へのコンタクトを失った。
恐らくケータイにかけても意味はないだろう。
「一瞬、かあ……」
世界中逃げ回れば何とかなるだろうか?
現実性がない。却下。
ヒーローみたいに組織をぶっ壊す?
もっと現実味がない。
どうすれば生き残れるんだ?
警察はどうだろう?
流石に科を気遣う余裕なんてない。
だけど、信じてもらえるのか?
超能力があるから殺される、なんて。
「もらえる訳ねえよなあ……」
悩んでも仕方ないだろうし、悩んだところで解決案が飛び出る筈もない。
車道と、指揮たちが歩いている歩道を挟むようにレンガ調の家が三十メートルほどにかけて密集している。
その中に昔懐かしい駄菓子屋が指揮の目に映った。
ぽつん、と仲間外れのように浮いている。
『気体飴』という独自の飴を開発している店として、この地域では有名だった。
「なあ、気体飴って知ってるか?」
指揮は、横に居る須藤に声をかける。
声をかけた事に、他意はない。
「気体飴? そんなの知らないけど」
「あれ? この地域の人間じゃねえの?」
「この町に、近いところで住んでたけどね」
須藤は、ひょこひょこと歩きながら言う。
「まあ、気体飴っていうのは……文字通りの気体の飴なんだけどさ。綿飴の気体バージョンみたいなヤツなんだよ」
「べったべたになるんじゃない?」
「そう。最初は、色んな色が次々開発されるし、物珍しいから大人も子供も買ってたんだけどさ。コレがべたつくんだよな。風で飛んで顔に飴がひっつく、なんて事件もあったくらいだし。あと中学の時、俺の友達が悪戯で、教室に気体飴を吹いて先生にボロクソに怒られてたな。そんな事件があってからは流行んなくなって……」
饒舌に喋った舌は余計な記憶を勝手に、弄り、掘り起こした。
元那、科と一緒に『気体飴』を一袋買って一緒に食べたこともある。
「どうやって食べるんだ?」と言った科を無視して元那が「開けるしかねえだろ」と袋を開けた。
ピンクの気体は風に流されるその前に、指揮たち三人は気体を勢い良く手で掻き集め、口に含む。
笑う元那に「お前のせいで全然味がわかんなかったじゃねえか!」と二人してべたつく手で殴った。
そんな出来事が遠い過去のようにも感じられ、胸に虚無感のようなモノが舞い込んでくる。
その時、この前に見た毒ガスの夢を思い出し、続いて須藤が怪我をした爆弾事件を思い出す。
「あの爆弾……アイツらが設置したのかな?」
「……多分ね。私が来ることを予想してたのかも」
アイツらは無傷だったし、と証拠を突きつけるように言う。
だよな、と無意識に呟く。
もう分かり合える気がしない。
「俺とアイツは住む世界が違うんだろうな……」
多分、そうだ。
それでも、それでも嫌いになれないのは指揮の弱さかもしれない。