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大船指揮は滔々とこの世界に溢れる異能の話を聞かされた。
殆どは幽霊やエクソシストなどの『オカルト』話だったが、まあまあ面白かった。
そうこうしている内に空が暗くなり始めたので帰ることにした。
ガラス張りのドアを押し開けて、冷たい空気を吸い込む、と。
「ん? わああっ!?」
赤いマフラーを二重に巻いて顔を半分隠し、更に、脚まである黒いコートを着ている(覆われている、と言ってもいいかもしれない)女の子がジッとコッチを見つめていたのだ。
女の子、と判断した理由は漆黒の髪が肩甲骨の辺りまであったことと若干丸みを帯びた女の子らしいフォルム、そして可愛らしい声があったからだ。
「な、何? 何でしょうか?」
絶対にヤバイ。声をかけちゃ駄目な類だ、とそう気づいた時にはもう遅かった。だってもう声をかけ終わっている。
よく見ると、マフラーも黒いコートも長い事洗っていないのか少し臭っているし汚い。
背丈から見るに恐らく十四、十五といったところか。
指揮よりも頭一つ分低い。
少女はすっと息を吸い込むと息を吸い込む間もなく言った。
「私は寒くて寒くて……ていうか私をこんな寒空の中置いておいて女とイチャイチャしていいご身分よね!」
「え、と……ごめん」
何で、見ず知らずの女の子に糾弾され、謝らなくてはいけないのだろう? と思ったが少し見える素顔が寒さで真っ赤になっているのを見て黙った。
必死さが見え隠れしたのだ。
「……まあ泊まりじゃないだけいいけどね。あー取り合えず自己紹介。私の名前は須藤よ」
「はあ……須藤さん。名前じゃなくて名字だと思うんだけど」
「うっさいわね。で、私はアンタの友達の『光山科』に用があんのよ。家までの道を教えてくれる?」
科? と、指揮は呆然とした調子で言う。
「友達、って訳じゃない、よな?」
「当たり前でしょ。というか殺し合う仲よ」
「……」
科がナイフを持ってこの女子の命を奪うシーンが頭に浮かぶ。
「十字団?」
指揮が漏らした言葉に須藤の雰囲気が変わった。
秘密を知られたエージェントのような変わりようだった。
もっとユニーク且つ、親近感溢れる例えならエロ本が見つかった中学生男子、という感じ。
「何でアンタ――大船指揮がその名前を知ってんの? 普通に生活していれば知らないと思うんだけど」
「俺は、狙われたんだよ。科の奴に……能力があるからとか何とかでな」
須藤は少し驚きで顔を染め、取り繕うかのようになるほど、と一息吐く。
「じゃあ話は早いわね。さっさと案内してちょうだい。大船の復讐くらいなら手伝ってあげれるわよ?」
「……復讐?」
指揮は殆ど何も考えずにそうオウム返しにした。
命を狙われはしたが、そんな事を考えもしなかった。
「そ、復讐。ムカつくでしょ能力があるからって迫害されて……魔女狩りみたいに殺される、なんて」
軽口を叩くようにそう言ったが、その中に何か、夜のように暗い炎が灯っていた。
「……ちょっと、待て。ホントに能力があるからって……それだけで殺されるのか?」
指揮は縋るように須藤を見つめる。
スプーンを曲げるくらいの能力で? 殺される?
(ウソ、冗談だろ?)
「当たり前じゃない。私達は普通じゃないのよ。確かに『神秘』に魅せられる人も居るだろうけど『異常』を嫌う人達も居るのよ」
「俺達が異常……」
「そ。だから殺される」
「理由もなく?」
「異常だから」
「それだけで?」
「そ」
「何だ、よ。それ……」
何か、納得できる理由があるんじゃないか、なんて。
色々と時間を積み上げていって、ふざけ合いでもして信頼関係だって積んできてるから。
例えば、愛する家族のために仕方なく、とか、恋人のためとか、もしかしたら俺のためとか――そんなじゃなく『異常』だから。
そんな子供染みた考えで殺される。
指揮は殆ど夢遊病者のように掴み所のない声で言った。
「科はホントに、それだけの理由で……?」
感情が靄になったかのように掴めない。
『異常』だから。それだけで、今まで仲良くしていた奴を戸惑いなく殺せるものなのか?
それとも、自分が今まで仲がいいと思っていただけで、そうでもなかった?
「『十字団』って何なんだ?」
「宗教っぽい一面はあるかもね。っていうか狂信者みたいな。構成メンバーも不明なら人数も不明。ドデカい訳じゃないと思うけど……」
知りたいと、そう強く願えた。
(逃げてたら、何も変わらない)
今、この場に科に会いたいという人間が存在している事実が運命めいている、と思った。
逃げずに、問いただす。
「わかった。科の家まで案内する……でも、いきなり殺し合いは始めないでくれよ」
「私からはしないわよ」