超能力少女
科は指揮、そして科の自由を奪い取った鈴野を殺し損ねた夜に通りを歩いていた。
この報告をするべきか考えていたのだ。
黙っていれば殺し損ねたこともバレないだろう。
バレない為には学校に行くしかない。
しかし行けば警察に捕まることだってあるだろし、指揮が『十字団』の事を話せば一気に監視の目が厳しくなる事も予想できる。
最近の警察は上層部からの抑えもそろそろ効かず、一部の馬鹿が十字団の動向に注意を向け始めたと聞く。
真実を話すのが正当。
しかし、まだ科は超能力者狩りに置ける特別な者――聖騎士になってからまだ間もなく功の一つも上げていない。
それなのに独断行動を起こし、挙句の果てには「失敗して警戒されました」何て言えば失望されてしまうだろう。
指揮は、超能力者だった。
その事実に失望し、絶望した自分のように。
思考が感情に上塗りされるその時。
視界の上辺りに黒い影が過ぎった。
上を見上げると、デパートがふてぶてしく鎮座していた。
デパートの屋上。その上。
屋上の避雷針の上に人間が居た。
視力が三・五もある科には服装がクッキリと見える。
赤いマフラーを首に巻きつけ、脚のつけ根にまで及ぶ黒いスッキリとしたコートを身につけている。
赤いマフラーは土や埃が付いていて汚い。
コートも黒いからわからないだけで、恐らく間近で見ると汚いだろう。
時折、手にしているカイロを頬に押しつけて暗闇を見透かすかのように辺りを見回す。
漆黒の髪は長く肩甲骨辺りまであることから女であることがわかる。
異質にして異常。
超能力者だ。
科は薄く、諦めきった暗い笑みを浮かべる。
指揮に逃げられたがアイツを殺せば科の超能力者を逃がしたという罪は軽くなる。
「さて……行くとするか」
◆◆◆◆◆◆◆
少女は待っていた。
十字団の教徒を。
出来れば、アイツらが来てくれれば嬉しいのだが……。
「にしても、行動が遅すぎない?」
少女はそう呟く。
三日。
もう丸三日もこの町で飛び跳ねているのだ。
そろそろ来てもいい頃だと思うのだが、待てど暮らせど居るのは野次馬ばかり。
殺気立つ人間が居ない。
刹那。
屋上のドアの方面から、金属同士をぶつけたような音がした。
音は一瞬で鳴り響くのを止め、ドアが開かれる。
「着た……」
制服を着た少年だった。
手には小さなナイフが握られている。
南京錠を斬って侵入した……?
少女は目を細めて、ナイフを見る。多少の刃毀れはあるものの概ね普通のナイフと変わらないと思う。
十字団の特別製なのだろう。
「ふーん。で? お前は何の能力者だ?」
少年はナイフを一つ振るって聞く。
金属粉が夜空に散る。
「……話す事なんて微塵もないわ。それより、リーダーの元に案内してくれない?」
「そんなこと出来る筈ねえだろ、が!」
弾かれたように、ナイフ片手に走る。
その速度は僅かな感動を覚えるほどの速さだ。
高さにして五メートル程の避雷針に立っている少女に向かって跳んだ。
とん、と。
避雷針の中間部に、一回足を置いて更に跳ぶ。
少女の首の射程距離まであと一・五メートル。
「私と変わらない化け物じゃない」
ギリ、と奥歯を噛み締めて飛んだ。
「……ッ!?」
少年の顔が驚きに染まる。
空へと浮かぶ少女にナイフを素早く引き寄せ、投擲した。
少女は素早くマフラーを首から取り外し、猛牛をいなす闘牛士のように投擲されたナイフの弾道を逸らす。
少年は空中での投擲で姿勢を崩しながらも着地する。
半歩遅れて屋上へ地に足を着けた少女は瞳を吊り上げ言った。
「さて。吐いて貰うわよ」
コンクリートの破片を見つけ、手に取った。
破片をぽん、と軽く投げる。
破片はゆったりとした速さから急激な速度の変化を起こした。刹那、凄まじい速度で空を切る。
能力を応用した使い方だ。
空気を切り裂き、少年の胸目掛けて破片が飛ぶ。
「……っ!?」
少年は予備として入れていたナイフを胸ポケットから勢いよく取り出し避けた。
ナイフが叩き折れてしまう可能性もあったのだ。
破片はフェンスを形作る針金を叩き折り、屋上に再び舞い戻った。
少女は無言で破片を三つ拾う。
大きい破片と小さな破片ととても小さな破片だ。
「……」
くそっ、と科は呟く。
遠距離武器は分が悪い上に女の能力が近接戦闘に持ち込めない。
圧倒的に不利だ。
「おい。お前は俺を狙っていたのか?」
訊く。
少女はさっき確かに「着た……」と言っていた。
明らかに待っていた筈だ。
「騎士団なら誰でもよかったわ」
「お前の名前は?」
「……」
「俺の名前は光山科。お前はあと何日この町に居る?」
「何でそれを教えなくちゃなんないの?」
少女が鬱陶しそうにマフラーを首に巻きつけながら言う。
「お前は俺が倒すからに決まってんだろ」
科はフェンスににじり寄り、言う。
「……逃げるつもりね!」
意図がわかり、足元にあった破片を吹き飛ばす。
弾速は銃よりも劣るが、人を傷つけるには十分な速度。
しかし。
科は大きめの破片をナイフの柄で受け止め、その勢いを利用し背面飛びで屋上からフェンスを飛び越えた。
「ッ!!?」
少女は能力を使い瞬時にフェンスに走り寄る。
下を見てもあの十字団員は居ない。
「完全に逃げられたわ!」
奥歯をきつく噛み締めた。