hazimaru
ビルから学校へと黒い影が飛んだ。
月光に照らされ、姿は見えないが影は間違いなく人の形を成していた。
◆◆◆◆◆◆◆
十二月十日。
時刻は五時三〇分。
場所は謳歌高校の二年二組の教室。
そこで真剣勝負が行われていた。
トランプの『ダウト』である。
罰ゲームは一発芸や隠し芸などを披露することだ。
ダウトの説明を簡単にすると、1から13までの数字を裏側に順番に出していき、別のカードを出したと思えば「ダウト!」と言い確認することが出来る。
ウソだった場合は別のカードを出した人が今まで出したカードを全て貰わないといけない。
逆にウソではなった場合は確認した人がカードを貰わなければならない。
カードを出し切ったら勝ちだ。
「ダウト!」
野性的で獣のような瞳をした少年、臼倉元那はトランプを指差し言う。
「うっ……」
そんな真剣勝負の中、大船指揮はカードを回収して呻いた。
カードの余りの多さに愕然としたのである。
涼やかな瞳で光山科はトランプを机に投げた。
よく見れば小さく唇の端が吊り上っている。
指揮を笑ったに違いない。
「12」
科はもうトランプ十五枚だ。
「俺の勝ちキーング」
そう言って元那は13を出す。
「ダウト……」
指揮は未練がましく言ってみるが、確認してみればしっかり『キング』。
無表情で総取りする。
「ていうか、元那お前百発百中でウソ見破ってんじゃねえか」
「まあな」
元那は頷き、自慢げに鼻を擦る。
◆◆◆◆◆◆◆
「負けた……」
机の上にカードをばら撒いて天井を見上げる。
蛍光灯が目に少し眩しい。
科との激闘の末、負けた。
指揮の友達である科と元那はハイタッチし合って喜びを分かち合う。
と、言っても元那が強引にハイタッチしているようなモノだ。
元那は勝ち誇った顔で指揮を指差し言う。
「いよっしゃー! 何かの芸でもしてもらおうか指揮さん!」
放課後なので女子数名と指揮達しか居ない教室でその声は馬鹿みたいに響いた。
全員が全員言い難い名字なため「もう名前呼びでいいだろ」と言った感じで今に至る。
光山、なんて言い難いこと山の如しだ。
「芸、ねえ……」
うーん、と悩むような声を上げながらどうにか回避する方法はないか考えてみた。
考えついた六パターンの逃げ道を六パターン全て脳内で二人にセーブされてしまう。
なぜ受けてしまったのかと今更ながらに後悔する。
「は・や・く・し・ろ・YO!」
追い討ちをかけるように元那が茶化し、科が小さく笑う。
「ちょっともう黙れ!」
今ブームの一発芸? 絶対嫌だ。
あの意味不明さが好きじゃない。
(そもそも何だよ「アイキャンフラーイ!」とか言いながらジャンプするだけって! 何の面白みもねえよバーカ!)
とか現実逃避を開始するが、二人は更に囃し立てる。
「オイオイ! 早くー!」
と、元那が茶化す。
「早くしてくれよー! 一発芸でもいいんだし」
と、科が囃し立てる。
何かないか、何かないかと頭を必死でフル回転させる。
と、一つだけ閃いた。
『スプーン曲げ』
たった一つの指揮の得意技――否。特異技だ。
科と元那と出会って一年と少し。
何となくタイミングを逃し続け、言っていない指揮の能力。
指揮の中でこの能力は秘密、という訳ではないけれど、ベラベラ喋るのも抵抗がある、そんな微妙な位置にある『特異な力』。
「んじゃあ、スプーン曲げしてやるよ」
指揮はそう言いつつ今日作ってきたそぼろ弁当からスプーンを抜き取り、ポケットに常備してあるティッシュで拭き始める。
「んあ? スプーン曲げ?」
可笑しな具合に顔を歪めて訊いてくる元那に指揮は頷き、言葉を返す。
「まあな。超能力ってヤツだよ」
今は、空前の超能力ブーム! というほどではないが人間はいつだって神秘というモノに憧れるものだ。
二人とも掴みはバッチリだろ、と思いつつティッシュを目の前にあるゴミ箱に投げ込む。
一番前方で、廊下側の端の席は目の前にゴミ箱があるという長所と短所を兼ね備えている。
スプーンの柄の部分をしっかりと握り、言う。
「んじゃあもうするぞ?」
科は具合悪そうに顔を下に向け、元那は興味津々と言った様子で顔色はいつになく明るい。
女子軍団の好奇心の目が向けられるのを感じる。
「おうやってみてくれよ」
元那の声をきっかけに集中する。
意識をスプーンを曲げる箇所に差し向ける。
本を読んだり、ゲームをやるような感覚に近い。
『その世界』に入り込ために本の題名を見たり、ゲームのオープニングを見たりという本編に入る前の予備動作。そういう感じだ。
スプーンの曲げたい箇所――根元から透明な流れが溢れ、集め、根元へもう一度押し込む、想像。
ふっと指揮の意識が準備が完了したことを告げる。
スプーンをぐにゃりと曲がる、想像。
同時にぐにゃり、根元からスプーンが折れ曲がった。
指揮はそこで意識をスプーンから放し、期待と不安が混ざった感情で二人を見る。
元那は少しの間、スプーンを見つめてから、
「おお!? すっげえ! なあ! 科!」
科の背中をバンバン叩き、感動を素直に現す。
「あ、ああ……」
科は何か重大なミスを気づいてしまった社員のようにぎこちない笑みを浮かべる。
「どうか、したのか?」
指揮の質問は女子達の歓声に巻かれて消えた。