第2話 真実
「じゃぁ、俺たちは仕事がありますので、これで」
そう言ってジュリオさんとアンジェロは退席して、チーム吸血鬼だけが残されたリビングで、私は悩んでいた。
アルカードさんに真相を聞きたい。でも、聞くのが怖い。
アルカードさんがヴァチカンに来たとき、クリシュナと北都は怒ってた。あれほど二人が怒ってたってことはジュリオの言ったことは本当だという事だろうか。「ミナ」を忘れることができたなんて本当に信用していいんだろうか。本気で私を人形に仕立て上げるつもりだったんだろうか。
悶々と考えていると、はぁ、と溜息を吐くのが聞こえた。
「ミナ、真実を知りたいか…?」
驚いて顔を上げると、みんな神妙な面持ちで、私の「YES」という返事を待っているようだった。
「はい。聞きたいです・・・けど、なんで今それをクライドさんが言ったんですか?」
私に尋ねてきたのはなぜかクライドさんだった。不思議に思って質問し返すと、クライドさんはへらっと笑って見せた。
「アルカードは言葉選ぶの下手だし、誤解を招くといけないから、俺で代弁した方がいいかなっていう」
「あぁ、そうですね。是非」
まぁ、クライドさんは意外と気ぃ遣い屋さんだし、任せていいだろうと納得して、北都とクリシュナも呼び出した。
二人が出てきたのを確認すると、クライドさんはフン! と気合を入れるような素振りを見せて、座りなおした。
「んじゃ、まずは何が聞きたい?」
「クリシュナが死んだ時の話を」
「わかった」
一つ咳払いをすると、クライドさんは落ち着いた口調で語り始めた。
あの時、私の前にクリシュナが回り込んで刺される直前、アルカードさんは目にゴミが入ったんだそうだ。
ってバカ!
「ウソつかないでくださいよ! 納得できるわけないでしょ!」
「まーまー、軽い冗談だよ! ちょっとこう、場の雰囲気を和ませようって言う俺の気遣いってヤツ!」
「いや、周り見てくださいよ。ボニーさんまで冷たい視線送ってるじゃないですか」
「クライド、空気読もうよ。余計重くなっちゃったじゃん」
「…ごめん」
一瞬、シュンとしたものの、クライドさんは改めて仕切りなおして語り始めた。
あの時、確かにアルカードさんは動かなかった。でも、それは意図したものではなかった。アルカードさんにとって、クリシュナはお兄さんで、尊敬もしてたし信頼もしてた。いなくなればいいなんて勿論思ってなかったし、見殺しにしようとも微塵も思ってなかった。
クリシュナが死んだ後、アルカードさんはそのことですごく自分を責めていたし、それにクリシュナの為に泣いていた。
それは十分にクリシュナを思っていたと判断できる材料だ。
ただ、心のどこかで、ほんの少しだけ、邪魔に思っていた部分は確実に存在した。それがあの一瞬、アルカードさんの思考を遮断して、動くことができなかった。
それでも、わざとじゃないし責められるような事でもない。本人に自覚は全くなかったから。
「それが、クリシュナの死の真相だ」
とりあえず、意図的にした事じゃなかったという事にホッとした。でも、クリシュナはそのことを聞いたはずだ。彼はどう思ったんだろう。死んだ直後は、その事実を冷静に受け止めていたけど、でも、今は?
「クリシュナは、聞いたんだよね?」
そう問いかけると、みんなの視線がクリシュナに集まる。私よりも、クリシュナがどう思ったかその方が問題。
「聞いたよ。本人に直接ね。まぁ、みんな色々心配もあるだろうけど、そのこと自体は特に僕は気に留めてないよ」
「え?」
「だって、そんなの今更どうしようもないでしょ。事実は事実だけど、それでもアルカードは僕が死んだ時に後悔してくれたし、泣いてくれたし、これからミナを僕の代わりに守ると約束してくれた。それも事実。僕としてはそっちの方が重要なわけだから、別にいいよ」
クリシュナの言葉を聞いたみんなは一様にホッとした表情を浮かべた。そうだ。クリシュナの言う通り、その時はアルカードさんに自覚はなくて、わざとじゃなかった。
それよりも、クリシュナを大事に思っていたという事実の方が大きい。じゃぁ、なんでクリシュナは怒っていたんだろう?
「でも、クリシュナ怒ってたじゃない? それはどうして?」
「あれは別件だから」
「別件て何?」
「僕の口からは言えない、ていうか言いたくない」
「そう…」
私とクリシュナの会話が終了したのを見計らって、再びクライドさんが口を開いた。
「じゃぁ、次は何が聞きたい?」
「そうですね。じゃぁ「人形」について」
「うぅ、またしても重いな。でも、当然か」
「はい。お願いします」
私は、「ミナ」に似ていたんだそうだ。見た目とかそう言う事じゃなくて、考え方とか性格が。「ミナ」は人間であることを貫き通す為に、自ら死を選んだ。だから、人間であろうとする私が、「ミナ」とかぶった。
偶然にも名前も同じだし、ある意味運命を感じたらしい。新しい「ミナ」が手に入ると。ただ、完全に私を人形として扱っていたわけではなかった。
確かに、私に「ミナ」の影を重ねていたし、最初の内は「ミナ」を手放すのが嫌で傍に置いていたけれど、でも、一緒に過ごすうちに段々私個人を大事に思うようになってきた。
「ぶっちゃけ、顔まで変えたのは魔が差したって事みたいだけど。でも、本当はミナの方が大事。ある程度は線を引いて付き合ってきたし、完全に人形にするつもりはなかったってよ」
クライドさんの話を聞いて、心の底からホッとした。元々、アルカードさんが私に誰かの影を重ねているという事は受け入れていた。
そのクッションがあったおかげかもしれないけど、完全に人形として扱ったわけじゃないという事と、私の事もちゃんと大事にしてくれていたんだという事を受け止められた。
「本当はミナの方が大事」その言葉が嬉しかった。
「そっか。わかりました。良かった」
思わず微笑みながらそう呟くと、何となく周りのみんなの雰囲気も軽くなった気がした。きっと、みんなも私が傷ついていると思って、心配してくれていたんだ。
「ミナちゃんは、アルカードを許せる?」
きゅっと手を握って尋ねてくるミラーカさんは、とても不安げだ。ミラーカさん的にはどっちに味方したらいいかわからないんだろうな。
「勿論、許せますよ。最初からわかってたし、今回はたまたま不満爆発しただけですから。それに、ちゃんと私の事も見ててくれたってわかって、かえって嬉しいです」
ミラーカさんにニコッと笑うと、ホッとした顔を見せて笑ってくれた。
「アルカードを許してくれてありがとう。安心して。もう、こんな事は二度と起きないわ」
それを聞いてまた疑問に思った。
「続いての質問いいですか?」
「あいよ!」
「例の「ミナ」の呪縛から解かれたって本当ですか? それはどうしてですか?」
その質問をすると、なぜかみんな真顔になって固まってしまった。あれ・・・もしかして、嘘なの?
「ちょっと、嘘なんですか? 本当はまだ…」
「イヤイヤ! それは本当! アルカードが「ミナ」から解放されたのは本当!」
「じゃぁ、さっきの間はなんですか?」
「うーん、アルカードにもう「ミナ」が必要ないって言うのは本当だ! これは本当に本当だから信じてくれ!」
「えぇ? でもなんか怪しいんですけど…」
「本当だって! ていうか、ミナちょっと待ってて!」
クライドさんは私にそう言って制止をかけると、何故かみんなを集めてこそこそ相談しだした。なんかメチャクチャ怪しい! 不信感がうなぎ登りなんだけど。
クライドさん達の会議は中々終わらない。若干イライラしながら待っていると、アンジェロが煙草に火をつけながら居間に降りてきた。
「あれ? 何してんだ?」
「いや、今ね、説明会をしてたんだけど、なんか私をほったらかして会議はじめちゃって…」
私がアンジェロにそう返事をすると、みんなは一斉にこちらを振り向いて、アンジェロを見てゲッと言う顔をしたけど、アンジェロは気に留めることもなく私の隣にドサッと腰かけた。
「・・・なんとなく想像はつくけど、何の話してたんだ?」
「伯爵が「ミナ」を忘れたって本当なのかって事と、それは何故かって事」
そう言うとアンジェロは、はぁーと煙交じりに溜息を吐いた。
「まだわかんねーのかよ。だからお前はバカなんだよ」
「えぇ!?」
「なんで!? アンジェロはわかるの!?」
「ていうか、わかってねーのはお前だけだけどな。とりあえず、この前伯爵が屋敷に来た時に、伯爵が「ミナ」を忘れたって宣言しただろ。あれは本当に信用してもいい」
「本当に? 絶対? なんで?」
「絶対本当。で、なんで忘れられたかっていうのは…えーと、あぁ、最初に書斎で話した時にその話題が出たろ。どうしたら伯爵が忘れられるか」
「最初の時?」
ツィーンと記憶の糸をたどってみる。
―――――伯爵の為にもさっさと吹っ切ってもらった方がいいし。その為にどうしたらいいと思います?
―――――他に女を作るしかねーだろうな。
思い出した。瞬間、その話し合いが現実になったんだという事に気が付いた。うっそ! と驚きながらアンジェロを見つめる。
「え・・・てことは・・・」
「そーゆーこと」
「マジで!?」
驚いてみんなを見つめると、みんなは不安と期待が入り混じったような表情をしている。
「アルカードさん彼女できたんですね! 良かったですね! おめでとうございます!」
満面笑顔でそうお祝いを述べると、みんなはがっかりした顔をしてアルカードさんの肩を叩いていた。想定外のリアクションに首を傾げると、隣でクリシュナと北都とアンジェロが声を殺して笑っていた。
「なに笑ってんの?」
「くくく…お前本当最高だな。もう最高にバカ!」
「なんで!? え? ていうか違うの?」
「はー可笑しい。いや、違わないけど、厳密にはまだ彼女じゃねーな」
「なんでアンジェロがそんなこと知ってるの?」
「え? いや、えーと、あー…あ! あの綺麗なねーちゃんにさっき聞いたんだよ」
アンジェロは目を泳がせてミラーカさんを指さした。
「え? いつの間に? ミラーカさん、そうなんですか?」
「えっ? え、えぇ、そうね。まだ恋人じゃないわね」
「そうなんですか。じゃぁアルカードさんはまだ片思い中ですか」
「ま、まぁそうなるのかしらね」
「ふーん、なんか意外! でも、アルカードさんなら大丈夫ですよ! 頑張ってくださいね!」
両手をギュッと握ってそうエールを送ると、アルカードさんは再び肩を叩かれていた。
「くっくっくっく…」
「だからー、なんで笑うのよ?」
隣でお腹を抱えて笑っているアンジェロを不審に思って尋ねると、アンジェロは笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「はぁーもう最高。もうね、俺はお前をバカの象徴として崇めることにする」
「なにそれ!? 本当意味わかんない!」
「お前のバカっぷりはもう長所だな。うん。素晴らしい。むしろ愛しささえ覚えるほどだ」
「とりあえず、バカにされてること以外わかんないんだけど…」
「その調子で長所を伸ばせ!」
再び頭をぐしゃぐしゃと撫でられてアンジェロは高笑いしながら居間から出て行った。
「ねぇクリシュナ、私そんなにバカなこと言った?」
「あのアンジェロって子、相当ムカつくけど、否定はできないかな…」
「えぇ!?」
クリシュナのまさかの肯定にショックを受けていると、やれやれと言う顔をして皆が元の位置に戻ってきた。
「まぁ、概ねその通りだな。アルカードには他に好きな女ができて、「ミナ」を吹っ切れたっつーことだ。それは納得できたか?」
「はい。わかりました」
なんでそれだけのことを、わざわざ時間をかけて話し合う必要があったのか、若干疑問に思ったけどまた会議が始まると面倒くさいので、諦めて飲み込むことにした。
「じゃ、後は頑張れ!」
そう言うと、クライドさんとボニーさんとミラーカさんは立ち上がり、居間から出て行こうとする。
「え?」
「説明は俺の仕事。謝罪はアルカード本人の仕事。んじゃ」
クライドさんはニッと笑うと、3人とも出て行ってしまった。アルカードさんと二人取り残されて、しんとする居間。なんか居心地悪い。
「ミナ、私の隣にこい」
少し離れたところに座っていたのを、傍に寄るように言われて、のそのそと隣に腰かける。アルカードさんの隣に腰を下ろした瞬間、突然抱きしめられた。
「う? どうしたんですか?」
「ミナ、本当にすまなかった」
いきなりの謝罪に少しびっくりしたけど、謝ってくれたことが嬉しかった。顔は見えないけど、その声がなんとなく反省の声色をしていたし、やっぱり私は単純で結局この一言で全部なかったことにしてあげたくなった。
「いいですよ。アルカードさん謝ってくれるし、私もう怒ってませんから」
そう言って、アルカードさんの背中に腕を回そうとしたらいきなりガバッと離された。
えぇ!? 今度は何? っていうか忙しいなオイ! と思いながらアルカードさんを見上げると、アルカードさんは私の目を真っ直ぐ見つめて、言った。
「ミナ、お前を悲しませた償いは、これから必ずしていく。これからはお前だけを大事にする。私は、お前だけを―――――・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・なんですか?」
「!!」
会話の途中でいきなり沈黙してしまったアルカードさん。問いかけると、パッと私を離して、掌で顔を覆って俯いてしまって、しまいには貧乏ゆすりまで始まる始末。一体なんなんだ…
「あ、あの…?」
さすがに居たたまれなくなって声をかけると、アルカードさんはゆっくり顔を上げた。その顔はなんだか悲しそうな怒っているような悔しそうな、チクショーみたいな。
なんだかよくわかんないけど、というか、わかんないので話題を変えよう。
「ていうか、アルカードさん、私だけじゃなくってみんなも大事にしてくださいね? あんまりクライドさん虐めちゃだめですよ?」
そう言うと、アルカードさんは一瞬キョトンとして、その後呆れたような顔をして、笑った。
「そうだな。あいつらにも色々助けてもらったしな」
「そうですよ! アルカードさんはもう一人じゃないんだから。みんなも私もずっと傍にいますからね! ずっとアルカードさんに仕えますよ!」
「あぁ、当然だ」
私の頭を撫でて笑うアルカードさんは、いつものアルカードさんに戻ったみたいで少しホッとした。
これで、なにもかも元通り。
後はヴァチカン組と喧嘩しないようにして、そしたらきっといつか仲直りできる。あの日見た夢が、その内叶うかもしれない。
みんなで、この城で、本当に楽しそうに笑い合っていた、あの夢が。過去は変えられないけど、未来は変わるかもしれない。
きっと、きっといつか、あの夢を正夢にしよう。
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「イライラするわ」
「なんで言わないかなー!」
「あいつまた説教だな」
柱の陰から、アルカードとミナの様子を覗き見していた3人。
「ミナ、言わなきゃ絶対わかんないよ。自分のはずがないって思い込んでるもん」
「まーなー。ミナにはクリシュナがいるし、今までが今までだしな…」
「多分、今までが今までだからこそ、アルカードも言い出せないんでしょうけど…」
「あいつプライド高けぇし、最初の内もなかなか認めようとしなかったもんな」
「そうねぇ、ずっと「この私が、あのバカを? そんなはずはない!」ってブツブツ言ってたものね」
「最悪、ミナがそうなるように仕向けて来るかもね。んで、それを気付かれてクリシュナに邪魔されんの」
「あーあり得るなー。ていうか、クリシュナ許さねぇんじゃねーの」
「そうねぇ。あんなに怒ったクリシュナ初めて見たもの」
「長期戦覚悟しなきゃねー。ていうか、逆にどんな人ならクリシュナ許すかな?」
「やっぱミナを大事にしてくれる人じゃね?」
「じゃぁ、ジュリオ様でしょうね」
「ジュリオかー。でも微妙じゃね?」
「クリシュナさんはジュリオ様の方がマシとおっしゃってましたよ」
「北都くんに至っては伯爵に比べたらアンジェロでもいいって言ってたよね」
「マジで!? ってうぉ!」
驚いて振り向いたクライドは、背後の二人に二重に驚いた。
「あなた達、いつからそこに…」
「さっきからいたよ」
「マジか」
「あの様子だと告白失敗したみたいだね」
二人を見つめてニヤニヤ笑うジュリオ。そんなジュリオを見て悔しそうに顔を歪める3人。
「ふん! そんなの時間の問題だもん! あの二人仲良いし、いつもイチャついてるし!」
「それはわかんないよ? なんたって俺はクリシュナのお墨付きだしね。」
「クリシュナだって、これからのアルカードを見ればきっと許すさ!」
「そうですかねー? 伯爵って乱暴でムカつく奴だし、無理じゃないですか?」
「あなたにだけは言われたくないわよ!」
ぐぬぬぬ…と睨み合う2組。ふと、クライドがアルカードとミナに視線を移すと、アルカードはミナに覆いかぶさろうとしていた。
「ヤベ! ktkr!!」
「よっしゃ! 行け! 押し倒せ!!・・・・・・・・・・吸血かよー!!」
アルカードは吸血しただけで、期待通りにならなかったことに3人は酷くがっかりした。
「でも、相変わらずあの二人の吸血ってなんだかエロいわ」
「エロいな」
「エロいね」
「ていうか羨ましい」
「ていうか吸血鬼同士で吸血していいんですか?」
「あの二人はマスターと眷属だから特別なのよ」
「あぁ、なるほど。それにしても、こうして見ると、やっぱあいつも吸血鬼なんだなー」
二人を見ながらポツリと呟いたアンジェロに、ジュリオはクスッと微笑んだ。
「アンジェロ、素に戻ってるよ。ミナが人間だったらよかったのにって思った?」
「え? あぁすいません。そう言う事ではないんですが。普段のミナ様を拝見していると、とても化け物とは思えないな、と思いまして。バカですし」
その意見を聞いていた全員は思わず「確かに!」と納得してしまった。少しすると、吸血が終わり二人に見つかる前に、と覗き見5人は退散しようと腰を上げた。
「仲直り出来て本当に良かったわ」
「後はアルカードの頑張り次第だね! ジュリオには渡さないから!」
「ミナ様はバカですから、伯爵が言わないと絶対に気付きませんね。気付いた時にはもう遅いんじゃないですか。ジュリオ様に軍配が上がったも同然です」
本人の知らないところで、勝手に戦いの火蓋が切って落とされた。




