第9話 会議(2)
「で、どうしたらいいと思います?」
「さぁな」
再び書斎でアンジェロさんと密談。
「お前が言い出したんだろ。自分で考えろ」
「確かにそうですけど…よく考えたら、そもそも私よくわかんないんですもん」
「お前…よくそれで、仲直りさせようと思ったな…」
「だってその方がいいじゃないですかぁ」
とりあえず、第一関門突破記念相談会。アルカードさんの方の「ミナ」は解決した。てことは、ジュリオさんの方を解決させればそれでかなりデカイ壁を破壊できると思う。
でも、ジュリオさんがどういう考えなのかがよくわからない。というか、そもそも詳しい事を知らないから、どうしたらいいのかが分からない。
「ていうか、私すっごく疑問に思うんですよね。ジュリオさんが全く理解できない」
「は? 何が?」
「私を誘拐してきたのは、伯爵への対抗心と「ミナ」の身代りだって思ったけど、違うって。でも、ジュリオさんは伯爵に殺された上「ミナ」を奪われてるんだから、伯爵以上に妄執してもおかしくはないと思うんだけど、顔を変えてもいいって言うし。初対面でお互いの事も良く知らないのに、最初から私を愛する自信があるって言うんです。どういうことですか?」
「いや、俺に聞かれても知らねーけど」
「・・・それもそうですね」
確かにアンジェロさんに聞く事じゃなかった。でも、本当意味わかんない。対抗心でも代理でもなかったら、私を傍に置く必要性を感じないんだけど・・・
呪いを解くのと仲直りには、この謎を解明する必要もあると思うんだけどさっぱりわからん!
「あくまで憶測だけど」
沸々と悩んでいたら、急にアンジェロさんが口を開いた。
「あの人は頭もいいし、強い人だ。少なくとも誘拐した時点では、対抗心だったんだろう。伯爵の事は相当恨んでたし、伯爵を殺す為に、わざわざヴァチカンにいるくらいだから。でも、本物が死んだと聞いて、あの人なりに諦めがついたんだろうな。ずっと生死不明で探すのに疲れていたのかもしれないし、解放されたいと思っていたのかもしれない。んで、お前の何かを見て興味を持ったんじゃないか。多分」
うぉぉ、なんかすごいもっともらしい。ジュリオさんもすごいけど、アンジェロさんの洞察力もなかなか。
「そう言われたら、そんな気もするけど、俄かには信じがたいなぁ…」
「あくまで憶測だけどな。でも、ジュリオ様がそう言ったんだろ。あの人は嘘はつかねーよ」
「え?」
「ジュリオ様がそうだと言えばそうだし、やると言ったらやる。そう言う人なんだよ」
そう言ったアンジェロさんのその声からは、くわえ煙草でテーブルに足のっけて、そんな態度なのに、なんというか全幅の信頼を寄せているというのが、すごく感じられた。
「アンジェロさんがそこまで言うなんて、ジュリオさんって本当にいい人なんですね」
「なんか微妙に聞き捨てならねーけど、あの人は吸血鬼だけど、その辺の聖職者より聖人だ」
「うぉぉ、そこまで…信頼してるんですねぇ」
「俺に限らず、この屋敷の人間は、全員あの人を信頼してる。あの人の言う事は信じるし、やりたいことがあるなら協力は惜しまないし、理想があるなら全力で実現させる」
本当に、よっぽどいい人なんだなぁ。あのアンジェロさんがここまで絶賛するとは。そこまで言うなら、ジュリオさんの言葉を信頼してもいい気がしてきた。
ていうか、私のマスターとは大違いだな。羨ましい。なんか本気で乗り換えたくなってきた。
それにしても・・・
「アンジェロさんって、意外と忠臣ですね」
「意外は余計だバカ」
褒めたのに怒られた。
「あ、すいません。何歳の時からジュリオさんに仕えてるんですか?」
「5歳」
「そんな小っちゃい時から? 家族で仕えてたんですか?」
「いや、ジュリオ様に拾われたから」
「え? そうだったんですか…」
「言っとくけど、同情とかしたらブッ殺す」
「…しません。え、じゃぁジュリオさんに育ててもらったんですか?」
「ま、そーゆーことだな。俺も含め、この屋敷にはそういう奴が何人かいる」
「へぇー、そうなんですか。それは確かに聖人ですね」
なぁんか、聞いちゃいけないことを聞いた気もするけど、ブッ殺すとまで言われたし気にしないようにしよう。
そっかぁ、じゃぁアンジェロさんにとってジュリオさんは上司であり、教師であり、父親でもあるのか。なんという完璧人間! 吸血鬼なのに。
「そーゆー人じゃなきゃ、俺だって20年も仕えたりしねーよ」
「うーん、確かに、アンジェロさんって人の下に着くタイプじゃないですよね」
「まーな」
褒めたつもりはないんだけど、なんか偉そうにされてしまった。でも、5歳の時からずーっと20年も仕えるなんてすごいなぁ。と思っていたら気づいた。
「あれ? じゃぁアンジェロさんって25歳?」
「そーだけど」
「なんだ! じゃぁ同い年じゃん! 敬語遣って損した!」
「早速タメ口遣ってんじゃねーよ。同い年でも引き続き、俺を敬い奉り崇め傅きひれ伏せ」
「せめてどれか一つにしてよ…ていうか最初っから敬ってないし!」
「じゃぁ今から敬え」
「ヤダ。あ! ていうかもう2時だし! アンジェロが話脱線させるから・・・」
「それはお前だろーが! ていうか、お前なに呼び捨てしてんだ! 敬えって!」
「自分だって私の事呼び捨てにするくせに! むしろ私を敬ってよ!」
「誰がお前みたいなバカ敬うか! バーカ!」
「むきー! ムカつく―!」
結局まともに話は進展しなくて、なんだか、時間を無駄に過ごした気がする。ま、とりあえず、ジュリオさんが信頼するに値する人物だっていうのはわかったから、彼の言葉を信用するなら、仲直りもそう難しくないような気がしてきた。
「ミナ様、おはようございます。もう起きてらしたんですね」
「レミくんおはよ! うん、今日は昼すぎに起きちゃった」
クリシュナを返して貰ったせいか、また昼間に起きていられるようになった。結界のせいか、直射日光はちょっと無理なんだけど、まぁ浴びなきゃ平気。城に戻ったら、クリシュナにも逢えるし普通に昼も活動できる。
けど、早く城に帰りたいと思う反面、出てきたときの事を考えると少し気まずい。それに、ジュリオさんがあれだけ譲歩してくれたんだから、私も何か報いなきゃいけない気がする。
「ジュリオ様から伝言です。今日はお仕事の都合で深夜まで戻らないそうです」
「あ、そうなんだ、わかった。ありがとう」
こういう時に限って留守かぁ。まぁ、今のうちに何ができるか考えておこう。
「ミナ様」
思索に耽ろうと思っていたら、レミに袖をくいと引かれた。その仕草が可愛いくて、思わずうにゃーんと笑顔になる。
「なぁに?」
「あの、ジュリオ様から伺ったんですけど、お城にお引っ越しするんですか?」
「あ、うん。なんかそう言うことになっちゃった」
そう返事をすると、レミは困ったように俯いてしまう。
「どうしたの?」
「あの、お城の人達ってどんな方ですか?」
「え?」
「ジュリオ様が、お城の人たちもみんな吸血鬼だとおっしゃるので…」
あぁ、そうか。レミは吸血鬼なんてジュリオさんしか知らないから、怖いんだ。しかも、こんな小さい時からヴァチカンで育ったなら、吸血鬼は恐ろしいものだって教育されているだろうし、仕方のない事だな。
俯いているレミの前に跪いて、レミを見てにっこり笑って手を取る。
「ねぇ、レミくんは私が怖い?」
「え? いいえ。ミナ様は僕に優しくしてくれるし、怖くないです」
「ありがとう。お城の人たちも、みんないい人だよ」
「そう、ですか?」
「あ、一人ちょっと怖い人がいるけど、その人以外は綺麗なお姉さんと、愉快なカップルだよ」
「怖い人いるんですか…」
私の余計なひと言で、少し元気が回復したレミは再び意気消沈してしまい、慌ててフォローを入れる。
「あ、でも、反抗しなきゃ何もしないよ! それに、私もジュリオさんもいるから、大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「うん。本当。大丈夫。みんな基本的にはいい人だし、レミくんに何かするような人はいないよ。もしそんな人がいたら、私がやっつけるから!」
そう言ってぐっと手を握り締めると、レミも笑顔になって顔を上げた。
「じゃぁ大きくなったら、僕がミナ様を守ります!」
「ありがと。レミくんかっこいいねー!」
笑ってレミの頭を撫でると、レミも嬉しそうに笑ってくれた。はうー! 可愛い!
レミが部屋から出て行ったあと、ジュリオさんの為に何ができるか考えてみた。
ジュリオさんが、私を城に返すと言い出したのは、多分私の為だと思う。不可侵条約を結んでまで私を手に入れようとしたのに、私の気持ちを考えて、尚且つ、これ以上アルカードさんと敵対しないように、きっとそう考えたんだと思う。
アンジェロは、ジュリオさんがアルカードさんを相当恨んでたって言っていた。なのにそれを抑えてまで、ここまで譲歩してくれた。多分昨日アンジェロが言った通りなんだろう。ジュリオさんも終わりにしたいんだ。こんな不毛な争いを。
じゃぁやっぱり私にできることは仲直りさせてあげるのが一番だ。一番の難関だと思っていたアルカードさんの「ミナ」への妄執は解決した。
もし、アンジェロの憶測が正しいなら、ジュリオさんも吹っ切る努力をしているのだろう。
じゃぁ、なんとか二人を歩み寄らせればいいのかな。そしたらまた昔みたいに友達になれるのかな。
うーん、でもどうなんだろ。私がジュリオさんだったら絶対アルカードさん許せないよ。地の果てまで追っかけて殺したいと思うだろうな。できるかどうかは置いといて。
それなのに、ここまで妥協するなんて、やっぱジュリオさんはすごい。これはアルカードさんに譲歩させなきゃいけないな!
と言っても、私がしろって言っても絶対あの人は動かないから、動くように仕向けるしかない。問題は、何をするかだな。なんかこう、手っ取り早くネタが転がってないだろうか。
悶々と思索に耽っていたら、部屋のドアが開いてアンジェロが血を持ってきた。
「おい、バカ、飯だ」
「名前みたいにバカって呼ぶのやめてよ…」
血を飲んでいると、ふと思った。そう言えばジュリオさんは屋敷にいないことが多い。枢機卿なんだから忙しくて当たり前なんだろうけど、下手したら出張とかで数日家を空けることもある。
「ねーアンジェロ、今日もジュリオさん忙しいの?」
「あぁ、今日は仕事で前線出てるから」
「え!? 化け物狩り!?」
「いや、今日はイスラム過激派組織狩り」
「ふーん…なんでアンジェロは行かないの? 精鋭部隊長でしょ?」
「それは暗に俺がいない方が良かったって言いてーのか?」
「もう! 違うよ! 単純になんでかなー? って思っただけ!」
「別に、留守番言いつけられただけ」
「ふーん?」
そっかぁ、今日はお仕事でいないってレミも言ってたな。でも、まさか戦っているとは。そういえば前線に出るとか言ってたな。
でも、ジュリオさん以外のメンバーは全員人間だから、けが人とか出たりするのかな。ジュリオさんは優しいから、そう言うの見て傷つくんだろうな。だから、自分が前線に出て被害を抑えようと思ってるのかもしれない。
彼らの敵は人間だけじゃない。化け物だって退治するんだ。吸血鬼や人狼なんかのいろんな魔物を。人間だけで対処できるような敵じゃない。
「あー!! 良い事思いついたー!!」
考えていたら突然閃いた! この手があったじゃないか!
「お前急になんだよ、うるせーな」
「アンジェロ! 聞いて! 良い事思いついた!」
「はぁ?」
「ヤバーイ! 私天才かもー!!」
「うるせーバカ。さっさと話せ」
アンジェロに怒られてちょっとイラつきながら説明した。
私の考えはこうだ!
私もエヴァンゲリウム・ディアボルスに入って戦う。すると、ヴァチカン側の人間の死傷者は減少する。ジュリオさん喜ぶ。
更に、私が戦いに出る事で、私を守るってクリシュナに約束した以上、アルカードさんもエヴァンゲリウム・ディアボルスの活動に協力するしかない。
で、仲直り! どうだ!
「ダメだな」
話し終わった直後に息つく間もなく返事が返ってきた。
「えー!? なんで!?」
自分史上最高の名案だと思っていただけに心外だ。思わずアンジェロに掴み掛って詰問すると、「うぜぇ!」と突き飛ばされてしまった。
「ハァ、まず、お前が戦闘に出る時点で、ジュリオ様は喜ぶどころか大反対するな。んで、ヴァチカン的にも、いくら殲滅機関とはいえ吸血鬼を増やす許可を下ろすとは思えない」
起き上がると、アンジェロは私が掴んだ襟元を直しながら溜息を吐きつつ、嫌そうにしつつそう答えた。
「そんなぁ…これ以上の案なんてないのに! だって最強の吸血鬼が配下に加われば戦力アップどころじゃないよ! 世界征服できるよ! 十字軍遠征できるって! ねぇ、アンジェロからも掛け合ってよ!」
「やだね。俺はジュリオ様が喜ばないことはしない、つーか、うぜーよお前は!」
ねー! とアンジェロの腕をつかんで一生懸命揺さぶっていたらまた怒られた上にチョップされた。
「ていうか私別に弱くないのに。今なら砲撃だって無傷で防御できるし、人間なんて雑作もなく殺せるのに。心配される要素なんかないのに」
「さらっと怖ぇーこと言うなよ。化け物め」
「化け物だもん」
うーん、確かにアンジェロの言う通り、ヴァチカンにこれ以上吸血鬼が参入するのが認められるとは思えないけど、でもこれしか思い浮かばない。
ダメもとで直談判してみるか・・・




