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第7話 終焉、そして最後の裏切り


 降りしきる雪と、酸素と水素を合成して過酸化水素水を精製し、霧として空に舞いあがらせると、太陽光の紫外線によりそれはヒドロキシラジカルへと変性する。雪に混ざり合ったヒドロキシラジカルは有機物を腐食する、腐食性の高い強酸性の雪。


 アルカードさんに倣って窒素を冷却し吹雪を発生させると、気温差によりその強酸性の雪はジュリオさん達に向かって猛烈に吹雪く。



 悲鳴と風の音。白い雪が腐食によって溶け出た皮膚から流れる血に紅く染まる。逃げられない、誰も吹雪からは逃げられない。そう思っていた。



「それで俺を殺せるとでも?」



 違う方向からジュリオさんの声が聞こえた。


 失敗した。そうだ、ジュリオさんは瞬間移動できるのだった。ということは、ジュリオさんはアンジェロも、隊員たちも見捨てて自分一人だけ逃げたことになるのか。本当に、最低な人。


 私はすぐに吹雪を止めて、城の屋根に佇むジュリオさんを睨みつけた。



「部下を見捨てて自分だけ逃げるなんて最低ですね。裏切りをさせられて、勝ち目のない戦いに駆り出されて、しかも見捨てられるなんて。彼らが可哀想だと思わないんですか?」


 私の問いかけに、あろうことかジュリオさんは笑い出した。



「可哀想? 何が? こいつらは俺の部下なの。俺の兵力なの。俺の駒なの。わかる? 俺の命令は絶対なんだよ。可哀想? なにそれ。こいつらは俺の命令にさえ従っていればそれで飯を食えるんだから、俺への忠誠は当然」


「でも、彼らはあなたを信頼しているけど、あなたはしてないじゃないですか。そんな相手に着いて行かされることが可哀想だと言っているんです」


「信頼! 信頼ねぇ、なんで俺がしなきゃいけないの? 俺が欲しいのは、俺に必要なのは忠実な兵力。死神の奴らみたいに裏切るようなバカどもなんかいらないの」


「彼らはあなたを裏切ったわけじゃありません。あなたに正しい道を選んでほしかった、あなたにやりなおしてほしかった、それだけですよ」


「あー、そういうのいらない。信頼とか正義とかそんなの必要ない。何も考えずに、俺を盲信して俺についてくりゃそれでいい。そう言う風に育てたんだ。なのに死神の奴らときたら。その点アンジェロは優秀だよ、本当」



 ジュリオさんが下の隊員たちに視線を送る。私の作った雪で皮膚を焦がされ痛みにのた打ち回る隊員たちと、傷の修復を待つアンジェロ。攻撃したのは私だけど、自分の為に戦っている部下たちを置き去りにして逃走したジュリオさんに、憎しみが募った。



「そのアンジェロも見捨てて、逃げているのはあなたですよ」


「そうだね。でも、それでもアンジェロは俺が命令すれば服従するだろうね。例えばその手でミナを殺せと言っても」


「・・・こんなことになっても、関係ない。私は、アンジェロを親友だと思ってます。大事な友達だって思ってます。アンジェロも私を親友だって言ってくれました。それはあなたも知ってるはずです。なのに、なのにその思いを踏み躙って、捻じ伏せてまで服従させるんですか!」


「ハッ、知ったことじゃない。それが何?」




 愛する人を、奪われた。信頼を、裏切られた。大事な人を、殺された。


 本当は絶望したかった。この場から逃げ出したかった。泣いて泣いて自ら命を絶ちたかった。それでもなお、それを踏み越えてでも私が今ここに立っているのはみんなのため。自分のため。


 ジュリオさんが憎い、殺したい、一片の欠片も残すことなくこの手で屠りたい。その怨嗟の念を抑え込んでまで、冷静に戦いを挑んでいた。

 自分の感情だけで戦っては、呪いを絶ち切る事は出来ないと思ったから。アルカードさん達や死神のみんなの思いを知ってほしかったから。だけどジュリオさんの言葉に、限界を超えた。



 アンジェロは言っていた。


「俺はあの人の為なら何でもする。俺に限らず屋敷の奴もみんなあの人を信頼してる」



 その言葉を、その思いを、その信頼を裏切ったジュリオさんが許せない。みんなの信頼は一方通行で、ジュリオさんは使い捨てにしか思ってない。みんながどれほどジュリオさんを大事に思っていても、ジュリオさんには兵力にしか見えていない。大好きな人に、友達を殺せと命令されるのがどれほど辛い事なのか、微塵もわかろうとしてくれない。


 こんな酷い人が、このまま生き続けていいはずがない。ジュリオさんに、生きる価値はない。




「あなたは、絶対に許さない。生かしてはおけない。あなたを、殺します」




 憎悪のまなざしを向ける私に、ジュリオさんはニヤニヤした笑いを浮かべる。



「やれるもんならやってみなよ。そこと違ってここは風の流れが速い。さっきと同じ手は使えないよ。それに――――――」


 ジュリオさんの手には、いつの間にかライフルが握られている。



「これはただのライフルじゃないよ。劣化ウラン235弾核銀製核弾頭。これで撃たれたらさすがのミナも死んじゃうね」


 その言葉の直後狙撃を受け、弾が当たった瞬間に爆発し、右肩が吹き飛ばされた。弾頭はもちろん銃自体も改造銃なのだろう。射出力が強すぎる。しかも核弾頭の炸裂弾ときた。ジュリオさんの言葉は伊達ではない。


 でも、私に憎悪の種と最大の兵器を与えたことを、後悔させてやる。



 再び銃撃されて、再構築した右腕でその銃弾を捕まえた。雪と空気中の窒素と酸素を急激に加熱し、酸素と水素からトリチウムを精製した。弾頭に穴をあけて信管の薬室にトリチウムを注入し、再度弾頭を塞ぐと、すぐに反応が始まる。



「ジュリオさん、人間が作り出した最強の兵器を、あなたに味わわせてあげます」

「今更大口叩いて、その弾頭だけで何ができるっての?」

「あなたに、死を」



 笑いながら狙撃してくるジュリオさんに向かって弾頭を投げ返すと、ジュリオさんの上空に至ったところで赤く輝きだし、猛烈な轟音と爆炎を上げ、大爆発を起こした。


 紅い炎は城全体を包み込み、一瞬収束したかと思うと波紋のように衝撃波が伝わって周囲の木々が大きくしなった。使用した原料が少量だったためかこちらには衝撃波しか届かなかった。生き残った隊員たちの所も、放射線は届いていなかったようで安心した。

 でも、直撃を受けたジュリオさんは体を粉砕され、黒く焼け焦げ、屋根から落下した。



 すぐにジュリオさんの落下地点に駆け寄ると、逃げていたはずの死神のみんながどこからか駆け寄ってきた。



「ミナ! 今の爆発なに!?」

「ジョヴァンニ、みんな、なんで・・・」

「迎えにくるって言っただろ! それより、あの爆発なに?」

「中性子爆弾」

「ぬぇ!? じゃぁその焼死体はジュリオ様?」

「うん、でも、まだ死んでない」



 あれほどの爆発にもジュリオさんは辛うじて生きていた。

 上半身と下半身は引きちぎられ、左腕も喪失し、現存する部分も放射線により黒く焼け焦げていたけど、辛うじて、心臓と脳は無事だったようだ。


 本当に吸血鬼の耐久力と言うのは厄介だ。超小規模とはいえ、まさか核爆弾でも死なないとは。でも、次の一撃で死ぬ。とどめを刺そうと、ジュリオさんに歩み寄った瞬間、肩を掴まれた。



「ミナ、待ってくれ」

「アンジェロ・・・」


 私の肩を掴んで引き留めるアンジェロに、クリスティアーノが駆け寄る。


「アンジェロ、生きてたのか、よかった」

「あぁ、お前らと約束したからな。作戦はまだ終わってねぇし」

「・・・あぁ、そうだな」


 クリスティアーノと共に頷いたアンジェロは再び私に顔を向けた。


「ジュリオ様はまだ死んでねぇんだろ」

「そうだよ、でも、殺す」

「待ってくれ、頼む、殺さないでくれ」

「無理だよ。それは聞き入れられない。ジュリオさんは・・・ジュリオさんだけは許せない!」



 殺さないでくれ、アンジェロはそう言うけど、じゃぁ、殺されてしまった私の大事な家族たちはどうなるの? なんで許さなきゃいけないの? この怒りと憎しみを、どこにぶつければいいの?



「待ってくれ、違うんだ。お前が、お前が殺すな」

「何言ってるの・・・?」

「お前が殺したら、俺がお前を殺さなきゃいけない」

「アンジェロに私が殺せるとでも思ってるの? バカじゃないの?」

「お前は、復讐はしないと8年前に決めたんだろ? 呪いの連鎖を止めたくないのか? その為にジョヴァンニたちはお前に着いたんだろ? 俺だって、止めたい」

「そんなこと、そんなことわかってるよ! でも、じゃぁどうしたらいいの!? ジュリオさんは殺さなきゃいけない! 死んでいったみんなの為にも、今生きている私達の為にも! この人が死ぬのは絶対なの!」 



 消滅したみんなの事を思うと、ずっとずっと我慢していたのに涙が溢れてきた。私にはこの人を殺す権利がある。この人を殺す義務がある。正々堂々戦った。みんなの為に、前だけを見て戦った。なのに、どうして止められなきゃいけないの。


 泣きながら抗議する私に、今度はクリスティアーノが語りかけてきた。



「隊長、待ってくれ、殺すな」

「なんでよ! ジュリオさんのせいでみんな死んじゃったのよ! 家族の仇を討つのがどうして悪いのよ! なんで止めるのよ!」

「違う、聞いてくれ。実は、俺達死神に教皇から直接命令が下っていた」

「命令・・・? 教皇から?」

「あぁ」



 返事をしたクリスティアーノはジュリオさんの傍にかがみこんだ。


「ジュリオ様、聞こえてますか?」


 そう声をかけると、ジュリオさんはわずかに身じろぎして目を開けると、その目でクリスティアーノを捉える。すると、キシッと音を立てながら焦げた皮膚を歪め、僅かに口角の端を上げた。



「裏切り者が・・・何の用だ」



 この期に及んで、クリスティアーノを裏切り者呼ばわりするジュリオさんに頭に血が上ったけど、すぐにジョヴァンニに腕を掴まれて止められた。すると、アンジェロがジュリオさんの前まで歩み出た。



「ヴァチカン教皇庁教理省殲滅機関エヴァンゲリウム・ディアボルス指揮官、ジュリオ・キング枢機卿猊下へ、教皇聖下より、最後の指令を申し上げます。吸血鬼アルカード消滅と同時に、あなたをエヴァンゲリウム・ディアボルスおよび枢機卿から解任、教皇庁より除籍されました。これにより今のあなたは吸血鬼ジュリアス・キングとなり、我々の敵となりました。教皇聖下の命により、あなたを・・・殺します」



 アンジェロの指令伝達に、驚きを隠せなかった。教皇が、ジュリオさんを裏切ったなんて。でも、そう言えば前から言っていた。教皇は絶滅主義だと。教皇は初めからジュリオさんの力を利用したかっただけで、その存在を許していたわけではなかったんだ。


 でも、じゃぁ、殺すのは、一体誰―――――?



「ちょ、と待って、まさか、まさか、アンジェロ達が殺すの? ジュリオさんを、あなた達が殺すの?」



 そう尋ねると、みんなはとても辛そうに、苦しそうに顔を歪めて、そうだよ、と呟いた。



「ダメだよ! みんなにはそんなことさせられない! 私が殺す! 私にはその責任があるの!」

「それはダメだ。お前が殺すことの方がダメだ。ジュリオ様は誰かが殺さなきゃいけない。でも、それをやるとしたら、俺しかいないんだ」

「アンジェロ!? でも、アンジェロは・・・」

「やめろ! 俺は・・・教皇の命令なんだよ! 前から皆で決めてたんだよ! 時が来たら、俺が殺すって。ジュリオ様を殺しても呪いが生まれないのは、俺だけだから。俺が一番ジュリオ様の傍にいたから、だからこそ、俺の手で殺さなきゃいけねぇんだ。主人の過ちを正すのは、臣下の務めだ。それに、裏切り者は裏切りによって断罪されるべきだ」



 そう言うとアンジェロは銃を握ってジュリオさんの前にかがみ、その額に銃を突きつけた。アンジェロの表情は悲しみと苦悶に満ちている。それでも、アンジェロは銃のスライドを引いた。



「ジュリオ様、今までお世話になりました」

「アンジェロ・・・お前にまで裏切られるとはね」

「申し訳ありません。教皇の命令ですので。最後に何かおっしゃりたいことは?」

「アンジェロ、お前は俺を嫌いになった?」

「・・・いいえ」

「そっか。じゃぁいい。あぁ、最後に言いたいことか。俺は結局吸血鬼のまま死ぬけど、死んだら“ミナ”に会えるかな」

「きっと会えます。ジュリオ様を、ジュリアス様を待っていると思います」

「アンジェロは優しいな、ありがとう」

「・・・では、ジュリアス様、さようなら」

「あぁ、元気でな」



 ジュリオさんの最後の言葉に、アンジェロは辛そうにギュッと瞼を閉じて、覚悟を決めたように目を開けると、今にも泣きだしそうな、苦しそうな表情を浮かべて、引き金を引いた。



 銃声が鳴り響くと、元々瀕死だったジュリオさんは急激に石化を始める。


「あぁ、やっと、死ねる。やっとミナに会える。あぁ、ミナ、ミナ! 会いたかった。やっと会えた・・・ミナ・・・愛してる・・・ミ・・・ナ・・・」


 ジュリオさんは“ミナ”の名前を呼び続けて、“ミナ”に手を伸ばしながら、砂になって死んだ。ジュリオさんの砂に手を伸ばす私に、アンジェロはその手を引きとめる。



「お前、なんで・・・」


 ジュリオさんの死に際、私は“ミナ”に顔を変えた。ジュリオさんが最後に会ったのは本物じゃなかったけど、でも、それでも―――――――




「ジュリオさんは、酷い人。生きる価値もない人。ジュリオさんはヴァチカンに来てからずっと孤独で、誰も信頼しなかった。でも、ジュリオさんが気付かなかっただけで、彼を信じて、傍にいる人がいた。彼を愛して、彼が愛した人はちゃんといた。もしジュリオさんが生まれ変わったら、その事を忘れないでいて欲しいと思ったの」



 顔を元に戻しながらそう言うと、アンジェロは悲しそうな表情を浮かべて抱き着いてきた。


「ミナ、ありがとう」


 そう呟いて私を抱きしめるアンジェロの腕は悲壮に震えて、抱きしめると言うよりは縋り付きたいという心情が現れているようだった。

 その腕から伝わる心は、懺悔と罪悪、言い知れぬ悲しみ。



「・・・アンジェロ、嫌な役やらせちゃってごめんね。頑張ったね、辛かったね」

「――――っ、ミナ、俺、ジュリオ様を、あの人を・・・俺、ジュリオ様が大好きだったんだ。尊敬してたんだ、信頼してたんだ」

「うん、ジュリオさんもきっとわかってるよ」

「ジュリオ様は俺の育ての親で、父親みたいに思ってて、だから・・・」

「ジュリオさんは、撃ったのがアンジェロで良かったって思ってるよ」

「ジュリオ様・・・ジュリオ様! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――・・・」



 アンジェロは縋りつくようにして、何度も何度もジュリオさんに謝っていた。その様子を見ていたみんなも、きっとアンジェロと同じ気持ちだったんだろう。みんなも苦しそうに顔を歪めて、泣いていた。




 戦いは終わったけど、私達が失った物は、多すぎた―――――――――


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