第6話 孤独な死、そして矜持
「北都、ごめん、ありがとう。私、あの人を殺すわ」
「よし! お姉ちゃん、行くよ!」
「うん!」
アルカードさんの結晶を握りしめ、飲み込んだ。飲み込んだ鉱物は、ペンダントトップの前、胸で止まる。この違和感が彼の存在なのだと自分に言い聞かせて、反撃を開始した。
敵の勢力は約200人程度まで減少していた。私と北都だけで、力を失った私だけで200人のヴァンパイアハンターと、宿敵である吸血鬼を倒さなければならない。見知った人たち、場合によっては、大好きな親友も。
辛い、苦しい、逃げ出したい。でも、それでも。諦観と辛苦と絶望を、責任と忠誠が凌駕した。
一気に隊列に突っ込み拳を叩きこむ。クリシュナがいなくなって初期の頃と同等になったかと思っていたけど、死神として活動していた間にたくさん血を搾取したおかげか、初期の頃よりはスピードも力もある。それでも、撃ちこまれる無数の銀弾に激痛が走る。
だからと言って白旗を上げる気はない。撲殺した人間から銃を奪い、放たれる銀弾を避けながら敵を射殺していく。殺しては銃を奪い、射殺しては死体から銃を拾いあげまた射殺を繰り返していると、突然轟音が響き渡り、私の周囲が爆発した。
爆風に吹き飛ばされ、気が付くと左腕を消失していた。激痛に耐えながら体を起こすと、後方でパンツァーファウスト3に砲弾が再装填されていた。私の周囲の人間たちを犠牲にしてでも、私を破壊しろ、ジュリオさんの指揮の通りに。
装填が完了したのを見て、慌てて羽を出して飛び上がると何とか砲撃を避けることが出来た。空中を逃げ回る私に容赦なく砲撃と銃撃が繰り返される。
何とか砲撃を躱し続け、左腕を血で構築し、このままジュリオさんの許へ突っ込んでいこうと向きを変え一直線に飛んでいくと、間近に迫った私に、ジュリオさんは、笑った。
「キング指揮官、これで最後の一発です」
「あぁ、撃て」
素早く装填された砲弾は目前まで迫った私を至近距離で直撃した。爆発の瞬間、咄嗟に背を向けようとしたけど避けきれず、再構築した左腕は再び爆破され、砲撃の勢いで吹き飛ばされた。
「ぐっ! あぁぁぁ!」
耐え難い激痛にのた打ち回る私に北都が必死に声をかけてくる。小さな、かすかな声で。
「おね・・・ちゃ、がんば・・・て!」
異変に気付いて何とか体を起こすと、砲撃により羽をもがれて、左腕を再び消失したことで大量の血が失われていることに気付いた。
「ぐっ・・・北都! 北都! 大丈夫!?」
「このま・・・じゃ、オレも消えちゃ・・・!」
「北都! お願い、頑張って!」
「血が・・・残・・・少な・・・」
何度も攻撃を受けたせいで、北都の血まで生命力として消耗しなければならない程になっていた。このままでは、北都まで消えてしまう! 北都まで消えてしまったら、私の中には私一人しか生命はいなくなってしまう。そうなれば、勝敗は決したようなもの。
「ハァ、ハァ、北都、お願い、消えないで!」
「おね・・・ちゃ・・思い・・・て、アル・・・の血・・・力・・・」
「北都!」
「眠って・・・ここに・・・起こ・・て」
北都の声に必死に耳を傾けていると、砲撃の煙が晴れたせいか再び銃撃を浴びた。
「きゃぁぁ!」
「おね・・・思い・・・忘れない・・・アルカー・・・生き・・・」
「くっ・・・は、あ、北都、北都!」
銃撃を受けたことで、より北都の声が遠のいていく。その間も銃撃を受け続け、徐々に北都の声が聞こえなくなっていく。
「・・・ね・・ちゃ・・バイ・・・バイ」
「うっ・・・北都? 北都!」
最後の一滴が、最後の一葉が、北都が、大事な弟が、消失した。
「北都、北都ぉぉぉ! いやぁぁぁぁぁ!!」
また、失った。大事な弟、また、死なせてしまった。愛する弟。最後まで、私を励まして奮い立たせてくれた優しく強い弟、北都が消えてしまった!
誰も、本当に誰もいなくなった。本当に独りぼっちになってしまった。
酷い、酷い、酷い、辛い、苦しい、どうして、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの。
私の愛する人は全て消えてしまった。どうして、どうして、一体何の権利があって、私から愛する人を奪った。
憎い、何もできなかった自分が。憎い、私からすべてを奪った、あの男が!
心の中を完全に絶望と憎悪が支配した。
その時、真っ黒になった私の心に、私の世界に、紅い雫がぴちゃんと落ちた。
私の能力を踏襲する者よ。
私の血を受け継ぐ者よ。
私の愛娘よ。
目を開けろ。思い出せ、この血を、この血の味を。
この血の力を。この血の存在を。
この血に流れる私の能力を。私の存在を。
私の血族、私の眷属であると言う矜持を、思い出せ!
アルカードさんの声が、聞こえた。
その瞬間、体の中の血が沸き立ち、駆け巡った。
今、私の中に流れる血は、自分の血と、アルカードさんの血しかない。
それ以外には誰もいない。
その極限の状態に至って初めて、アルカードさんの血によって私は完全に支配され、完全に覚醒した。
自分の中に流れるアルカードさんの血に、自分の能力を理解した。これが、アルカードさんの力。私の力。サイコキネシス、そして血と元素を理解し操る能力。
そうだ。元々私だって北都を血で出したり、血で腕を構築していた。最初から知ってたはずだった。でも、クリシュナの力に甘えて忘れていた。
能力を理解すれば、自分の腕を再構築することはたやすい事だった。問題は、血が足りないこと、それだけ。それだけのことが、大きな問題。
ゆっくりと立ち上がる私に、ジュリオさんは笑いながら語りかける。
「とうとう一人ぼっちになっちゃったねぇ? ミナ、寂しい? 一人で死んでいくのは寂しい?」
そう、私はもう、今は一人。今まで取り込んだ血も、クリシュナも北都も消滅して、たった一人。あの銀弾を心臓に受ければ間違いなく死んでしまう。それだけじゃない。足に当たっただけでも動きは止まってしまうだろう。
例え覚醒しても、あの銃弾の嵐に耐えられるかわからない、そう焦燥が募った私にジュリオさんは銃口を向けた。
「はぁーもう本当今までミナと生活するのは愉快だったけど不愉快極まりなかったなぁ。でもそれも今日で終わり。じゃーね、ミナ。バイバイ」
容赦なく発砲された銀弾は、私めがけて一直線に飛んできた。その銀弾が胸元のアルカードさんに貰った青いダイヤにぶつかって跳ねた瞬間に、全てが繋がった。
これまでの人生、学校で勉強したこと、映画や本で知ったこと、クリシュナから学んだ歴史、アルカードさんに教えられた錬金術、ギャング抗争、テロ事件、死神としての活動、武器、銃の仕組み、語学、今まで出会った人、今はもういなくなってしまった、私の愛しい家族たちの思い、思想、理想、信念、能力、忠誠、矜持、その全てが、私の生きる糧になるのだと。
その瞬間に、私の世界はその様相を覆した。
「ジュリオさん、残念ですけど、あなたに私を殺すことは万に一つも不可能です」
言いながら、体の表面の組成を変えていく。青いダイヤが教えてくれた。皮膚や筋肉を構成するたんぱく質、その成分はC炭素H水素O酸素。
皮膚の炭素の硬度を変えダイヤの様に硬化させると、酵素ボロンの影響か、雲間から差す月の光を浴びた私の体は、胸元のダイヤの様に淡く青く、時に紅く輝きを放ち始める。
「綺麗でしょ? もうあなたは私に傷一つつけることもできません」
「ハッ、バカバカしい」
そう言ってジュリオさんは私に銀弾を撃ちこんでくるけど、ギィンと弾き返される。
「言ったでしょ? 銀は確かに吸血鬼には有効ですよ。でも硬度が弱い。最強の硬度を誇る私の体に傷をつける事は出来ませんよ」
私は今までいろんなことを学んできたはずだ。それと知らずに、色んなことを学ばされてきたはずだ。考えろ、考えろ。その為にこの頭脳はある。その為に過去がある。その為に今までたくさんの人と出会ってきたはずだ。
今の、この現在を踏破するために、過去を踏み台にしなければ未来には行けない。私はここで、死ぬわけにはいかない。死んであげるわけにはいかない。屍の山頂に立つこの私の命を、みんなが守ってくれたこの命を、沢山の人の思いと願いを背負うこの命を、ジュリオさんにくれてやる義理はない。
いい加減、私に銀弾が効かないと悟ったのか、ジュリオさんは部下たちにマガジンの交換を指示させる。指示を受けた部下たちは即座にマガジンを装填しなおした。それを見て、敵前に手をかざす。
隊員はそれに一瞬驚いたものの、何も起こらない。安堵してジュリオさんの射撃命令に従い、引き金を引いた。
その瞬間、隊員の周囲で大規模な爆発が起きた。
一人が引き金を引いた瞬間に引火した大爆発は、弾道を大きく歪めて当然私に弾丸が当たることはなかった。仮にあたったとしても鉛じゃ傷もつかないけど。
「くっ・・・なにをした!」
爆発した人間たちの返り血を浴びながら、吹き飛ばされたジュリオさんとアンジェロが起き上がる。
「別に大したことはしてませんよ。ここは地球ですからね。空気は文字通り吐いて捨てるほどありますから」
「酸素と、水素か」
「その二つがあれば、大抵の攻撃は何だってできます。火器使用の際は十分注意した方がいいと思いますよ」
「フン、ここは屋外だ。そんな都合のいい条件が毎度毎度揃うわけないだろ」
「そうですね。でも、やりようはいくらでもありますからご心配なく」
再びジュリオさんは隊員たちを配置するけど、本来銃器しか武器を持ち合わせていなかった隊員たちは狼狽えだす。自分たちも爆死するのではないか、と。再び私が手をかざしたことで、その狼狽は動揺にまで上った。
「何してる! お前らさっさと撃て!」
「大丈夫ですよ、撃っても。今度は爆発しませんから」
ジュリオさんの恫喝と私の甘言に隊員の動揺はより大きくなり、恐慌状態にまでなった彼らは大きく呼吸を乱す。すると、段々と呼吸は乱れて苦しそうにもがき始め、一人、二人とふらつき始め、バタバタと倒れていった。
「な・・・!?」
「動揺と恐怖は大きく呼吸を乱します。そんな事子供でも知ってる。周囲の酸素濃度を引き下げました。彼らは体内の酸素濃度が下がりすぎた。体内の酸素濃度が10%をきってしまった。酸素欠乏症です。ね? いくらでもやりようはあるって言ったでしょ?」
完全に勝利への自信につながった。私が持つ力、これまで得た人間の叡智、自然に、身の回りに存在するもの、その全てを理解すれば私に恐れるものなど何もない。
空が徐々に黒から紫へと変わりゆく。朝日が昇るまで、あと少し――――――――――
もう、決着をつけよう。